第28話体育会系公家飛鳥井雅教



「いやぁ、今度はえらい世話になった……」


頭を掻きながら斎藤義龍が笑う。

義龍に盛られた毒は俺が解毒剤を飲ませ回復させた。

念のためにスキャンもしてみたが、毒は完璧に抜けて身体機能も完全回復を見せている。

それに、毒を盛られはじめてから間もないというのも大きい。


そんなわけで義龍は絶好調だ。

体調不良を胡麻化すためにわざと演じてきた重々しさを脱ぎ捨てた義龍の軽妙洒脱ぶりは意外というほかない。

そしてこちらとしても狙い通りの効果が得られたので良しとしたい。


斎藤義龍は自身を狙った信長による毒殺の経緯を家中に流布させた。

これによって斎藤家家中には反信長の空気が横溢することとなり、美濃への調略が不可能となろう。


流石に敵対大名家に対する毒による暗殺では外聞が悪すぎる。

これでは、調略を受けて寝返っても、事が済み次第、用済みで処分されると喧伝するようなものだ。

これでは誰も織田の甘言には乗らなくなる。

そうして織田信長の伸ばせる手の範囲は急速に狭まって行きつつあった。


そんな騒動の渦中から抜け出して、俺とお市は琵琶湖を右に見て近江路を西へ向かう。

瀬田の唐橋を越えて京に入って向かう先は蹴鞠家元の飛鳥井家。

この飛鳥井家は藤原北家師実流の公家で、当主の飛鳥井雅教が駿河下向の際に蹴鞠伝授を氏真にして以来の付き合いだそうな。


「儂が蹴鞠宗家、飛鳥井雅教である!!」


屋敷を訪ねたらスキンヘッドのおっさんに開口一番こう言われた。

お公家さんと言う事で白塗りの麻呂を予想していたんだが見事に外れた

……でもまぁ、考えてみれば当たり前か。

蹴鞠の家元やってるんだから武家ではないにしても、運動部系なのは至極当然といえばそうなるわな。

氏真による事前の根回しが済んでいるとはいえ、そんな肉体派公家の飛鳥井雅教が書状を読んではいそうですかで終わるはずがない。


そして案の定、こう言いだした。


「儂の玉を取ってみろ!!」


シチュエーション次第では色々とひどい意味になりそうなことを提案する家元。

とんでもない言い回しだが要は――

書状に書いてあるお前らの言い分は分かった。後は鞠で語れ――ということなわけだったりする。


そんなことから飛鳥井家の庭で二人の男が鞠ちゃんを取り合って戦うことになった。

二人の男の間であっちへ行ったりこっちへ来たりとふらふらよろめく鞠ちゃんを自分のモノにしようとして俺と飛鳥井流蹴鞠の家元は激しく競り合う。

勝ち負けの基準も何も決めずにただ鞠ちゃんで遊ぶという取り決めだったから、お互いが力尽きて納得のいくまで勝負は続いた。

堂上家がそんなことでいいのかと思わなくもないが、体育会系らしいっちゃらしい。

引き出物は色々と渡したんだが、話題はもっぱらサッカーの話だけというのも飛鳥井家の現実を表しているとしか思えなかったが、最後の発言は公家らしくもあった。


「……大日本蹴球連盟総裁が氏真殿で儂が最高顧問となる。

 氏真殿が唱えるこの腹案で儂はいいと思う。

 帝の御名を冠するとはまことに畏れ多いことではあるが、第一回の天皇杯を早く見てみたいものよ」




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「いよいよブリテン島ですか……」


ラ・ドーフィネ号でドーヴァー海峡を越えたルイーズ・ド・モンモランシーことアントワーヌ・レグノウはテムズ川を遡上してロンドンの川港に船を停泊させた。

英仏百年戦争ではサリカ法による男系相続を否定して女系相続を求め戦争を仕掛けてきたイングランド王国に対して思うところはある。

何しろ百年前までは敵国だった相手だ。


この時のイングランド王エドワード三世の論理を現代的価値観に翻訳すれば、

男系優先で女系男子を王位継承から排除するサリカ法は間違っている。

もっとぶっちゃければ――


女に生まれれば出自関係なく誰でも王家に入れるけど、

男に生まれたら、王の血を引いていない限りは絶対に王家に入れないサリカ法は男性差別の悪法だ!

俺はフランス王の臣下になんかなりたくない!

いや、むしろ俺がフランス王になってやる!!


そんな心情であった。


とはいえ、そんな理由で戦争を仕掛けられる側は堪ったものではないのだが、

時の流れは英国教会のイングランドがカルヴァン派プロテスタントのユグノーを支援するというねじれを生み出していた。



「W・Sからの荷を受けに来た」


停泊したラ・ドーフィネ号にやってきた船着き場の役人にアントワーヌがそう告げると「荷主の所にお連れします」と言う。


「そうか、よろしく頼む」


「では、こちらへ」


案内された先には四頭立ての馬車が停まっていた。

それに乗れと言われてアントワーヌらは乗り込む。

それを確認すると案内の役人は御者となって馬車を走らせた。

馬車はロンドン市街の中心部に向かっている。


そこまでは良かった。


だが、どうやらそれだけではないようだ。

そのことに気付いた時にアントワーヌは迂闊なことに関わってもいいものかと眉をひそめる。


「こちらで主がお待ちしております」


案の定、王宮に着いた。

イングランド王の住居たるホワイトホール宮殿である。

ウェストミンスター宮殿から30年前に移転してきた現在の王宮の主は女王エリザベスであるとか……


馬車は門番の誰何を素通りして中へ進み、車止めで止まった。

御者はそのまま王宮内部へと案内を続けてアントワーヌらを謁見の間へと誘う。


……これはまずい。


内心そう思いつつも事ここに至っては腹を括るしかないと覚悟を決めるアントワーヌ一行を前に、朗々たる声が響き渡った。


「女王陛下のお成~りぃ!!」


アントワーヌ達がその声に思わず膝まづくと、頭上から声が掛けられた。

それは中年に差し掛かったと思われる、野太い男の声だった。


「そう畏まらずともよい。ユグノーの兄弟姉妹らよ」


驚愕のあまり顔を上げてしまったアントワーヌは女王エリザベスの顔をまじまじと見てしまい、その不作法に慌てて頭を下げる。


「も、申し訳ございませんっ!!」


「よい」


あの噂は本当だったのか……!

アントワーヌが焦りを覚えた噂とは何か?


それはイングランド女王エリザベスの正体が男王であるという秘密である。

王位継承を巡る暗闘により命の危険が在ったこの王は身の安全を図るために自らが女王であると称した。

女装もしていなければ男の娘でもない、ただのおっさんが女王を自称し、臣下も政治的都合から女王陛下と尊称しているだけである。

だがしかし、これは公然ではあるが同時に最高機密でもあった。


そんな秘密の一端に触れることになろうとは……!


心の中でそう思いつつも何とか思考を回転させる。

そんな彼女に男王エリザベス一世が声を掛けた。


「この度の企て、同じプロテスタントとして、イングランドとしても支援は惜しまぬ。

 ハプスブルグとカトリックの専横は決して見過ごせるものではない」


エリザベスがアントワーヌに荷の目録を手渡す。

目録の表紙には荷主の名が記されていた。

W・S=ウィリアム・シェークスピアと。


「以後、朕の荷はこの名で送らせて貰う」


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