第78話太郎、帰郷する
堺での取引をおえた俺とお市はとんぼ返りで駿河へと戻った。
そろそろ地元へ戻らないといけない頃合いだと思う。
「氏真。俺、一時帰郷するわ」
「ほう。いつ頃戻るのだ」
氏真に訊かれて俺は答える。
「当分は戻らない。だが、ちょくちょくは帰ってくるつもりだ」
「はぁ、意味はわからんが、お前のことだから、そうなんだろう。餞別は何がいい?」
「別に餞別は要らないが、馬は連れて行きたい」
「それは分かっている。だが、本当にそれだけでいいのか?」
「其れで構わない。育てた馬を引き受けてくれればそれでいい。後のことは俺が自分でやる」
「……そうか。奥州は名馬の産地だったな。よし、馬のことは頼んだ。よろしくやってくれ」
そんなことで俺は生まれ故郷へと戻ることにした。
ルイーズに別れの挨拶を済ませると俺とお市は馬に乗る。
「私達の船で運べばいいのに」
「馬六頭も載せていたら船の場所を喰うことになるだろ」
ルイーズの申し出を断って陸路を行くことにしたのはこういう理由からだ。
「では、言ってくる」
「こまめに連絡してね。商売があるんだから」
ルイーズの声を背に俺とお市は旅立つ。
向かう先は奥州、津軽である。
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北へ向かう最中もコミュニケーターを通じてやりとりを行い、予定通り、イングランド軍はフランスへと上陸したことを確認した。
予定通り、シャルル九世は第二次英仏百年戦争の開戦を宣言し、カトリック、ユグノー問わず、フランス貴族は結束してフランス王の下に馳せ参じた。
背後からの一突きを恐れたカトリック派は前線からのユグノー排除を求める。
結果、ユグノー派は戦費での支援ということになり、加重な税負担を命ぜられて海外交易を全力で行わねばならなくなった。
そうして皮肉にも、シャルル九世とバチカンの勅許を得たユグノー派の商船が交易のためにアジアへと大挙して向かうことになる。
無論、交易の上がりは誤魔化しており、イングランドへの多額の資金供与も行われる手筈となっていた。
だが、それだけでは足りないと考えた俺は、ブルターニュ半島の切り取り自由を認めたらどうかと提案している。
「領土を切り売りするなど!」という反対意見もあるにはあったが、しょせんは空手形である上に、
フランス王の臣下としてのブルターニュ領有という形なら問題はなかろうということで合意を得たものだ。
そんなことで風雲急を告げる欧州情勢ではあるが、すべてはコントロールされた戦争なので、突発事の対処さえ間違えなければ問題はないだろう。
「お前の故郷は奥州だったのか」
乗馬の左右に二頭の馬を並走させて進んでいると、馬上のお市が背後から問いかける。
彼女も二頭をコントロールしながらの会話だ。
「ああ。そうだ。もう遠い彼方ではあるがな」
「奥州はどんな所ですかな?」
最後尾に付いている若い武士が訊く。この男は堺で拾った侍で、名を沼田佑光といった。
「俺の故郷は雪が深く、寒い。だが、だからこそ春の訪れは美しい。そんなところだ」
そんな会話をしつつ白河の関を越えた俺達三人は春まだ浅い津軽へとたどり着く。
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碇ヶ関を越えて、大鰐、石川城下を抜けると盆地状の津軽平野が広がっていた。
この時期には、生まれ故郷の弘前はまだ存在していないので、岩木川沿いにある大浦城下へと向かう。
大浦城下に着く前、百沢のあたりで一悶着があった。
大勢の男が寄ってたかって若い娘を誘拐しようとしている。
羽交い絞めにされて持ち上げられた娘が両足をばたつかせると、着物の裾から白く細い脚が見えた。
「離せ! この馬鹿者どもが!!」
綺麗な着物を着た娘が叫ぶ。
「こいつはえれぇ上玉じゃねぇか。お前ら、離すんじゃねぇぞ!」
「やめろ。莫迦ぁっ!!」
ならず者の手が着物の裾、脚の付け根、娘の股間へと延びる。
お市と佑光がどうするのかと目で問いかけた。
「馬を頼む。俺一人で充分だ」
手綱をお市に渡して俺は騒動の渦中へと歩いていく。
お市も佑光を心配はしていない様子。
「およしなさい。大の男が寄ってたかってみっともない」
「なんだと、この野郎!」
堅物の格さんを気取ってみたらえらく不評で、激高した男たちが俺を取り囲む。
そこから先は素手の格闘で、四方八方から襲い掛かってくる破落戸を千切っては投げ、千切っては投げして伸された男たちの山が出来上がったという次第。
ひとまずケリがついたと思った俺は襲われていた娘さんに歩み寄る。
……美しい。
図らずもまじまじと見つめてしまう。
色の薄い金色の髪に抜けるような白い肌。そして髪の間から覗くエメラルドグリーンの瞳。
「……まるで本物のエルフのようだ。
娘さん。お怪我はありませぬか?」
ばっちーん!
俺の問いかけへの返事は平手打ちだった。
「わ、私は、男だ!!」
「ええ~ッ!?」
その場にいる全員が驚きの声を上げる。
「な、なんだ、その行状は。わたしはれっきとしたをのこ(男)大浦弥四郎為信なるぞ!」
この瞬間、この場において一番驚いたのは俺だったろう。
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