第38話戦国のビッグウェンズデー
いきなり呼び出されて困惑顔の風魔小太郎一党を引き連れて小田原城下の砂浜に向かう。
そしたらなぜか御本城様の氏康も護衛と共に帯同してきた。
「一体何をはじめる気だ?」
期待に満ちた表情で氏康が俺に問う。
浜辺で褌一丁になると、先に来てデポしておいたブツを引っ張り出した。
そう、氏真から紹介された樹莉庵朝三次謹製のサーフボードである。
打ち寄せる波に向かってボードを浮かべた俺は板の上で腹ばいになって手で水を掻く。
それを見てお市が呆れたような声を出した。
やがて離岸流に乗って浜を離れたボードは勢いを上げていく。
スピードが乗ったのを見て俺はサーフボードの上で立ち上がった。
「おおっ!」
浜辺から上がる、どよめきと歓声。
俺は波間を駆け抜けてうねりを遡り、空中でターンすると波を滑降して戻ってくる。
「波がっ!」
「呑まれるぞ!」
浜辺に居る観客のうちの誰かが叫んだ。
その声に俺は思わずにやりと笑ってしまう。
崩れかかる波の中を通り抜けるパイプラインだ!
「おおっ!」
「す、凄いっ!!」
ひとしきり波乗りを楽しんで浜に戻ってくると俺は大勢の人間に囲まれてしまった。
「なんだあれは!?」
「神業としか思えん!」
そして再び場所を移して小田原城で交渉が再開される。
「うぅむ。未だに信じられん……」
初めて波乗りを目撃した衝撃から抜けきれない氏康がひとしきり唸る。
「ですが、殿。あの技は使えますぞ」
「どのようにだ?」
「伊豆の島々とのやり取り。それから安房に間者を潜り込ませるのにも使えましょう」
「ふむ。夜陰に乗じてか。見たところ、船を使うよりも早そうだな」
「左様でございます」
元々、サーフィンはポリネシアなどの温かい海に住む海洋民族の間で自然発生的に成立した技術。
その目的も本来は交通手段だった。
日本でも江戸時代に出羽庄内藩の湯野浜で子供達がサーフィンを楽しんでいたという記録がある。
ウェットスーツやドライスーツが無いから冬の海では使えない、季節限定だが、それでも速度の出せる連絡手段はいくさの有りようを変えるはずだ。
「よかろう。今川家よりの申し出を当家は受け容れることとする」
氏康が同意したことにより交渉は妥結。翌日から風魔一党にサーフィンの指導を行うことになった。
のだが、一週間でコツを掴んでサーフボードを乗りこなすようになったのには驚いた。
それで以後は自主練で大丈夫だということになって静岡に戻る。
「待っていたぞ。太郎」
なぜか俺の帰りを氏真が城門の前で待っていた。
「お前が小田原で披露したという波乗りを俺にも見せろ。既に家臣は集めてある」
そう言われて氏真の後ろを見ると今川家中の重臣重役に白薔薇騎士団の面々がずらり揃っていた。
その中から騎士団長並の次郎法師が進み出て俺の腕を掴み先導する。
もう片方の腕は氏真に掴まれてしまう。
浜辺には良い波が来ていた。
静岡の海岸は砂浜が多いから後世の大型船は浚渫しないと入れないがこの時代の舟にとっては最適の湊かもしれない。
サーフィンの技を披露したところ、真っ先に喰い付いてきたのは氏真だった。
俺もやってみたいと駄々をこねたので後日みっちりと指導することになる。
他の重臣の間でも沿岸部の連絡手段として使えるのではないかとの声が上がった。
そして皐月の五月。
俺と氏真は連れ立って城下の浜に来ていた。
「おお。今日は良い波だな」
海を眺めて氏真が口笛を吹く。
小氷河期のため、太平洋高気圧の発達が弱いせいか、梅雨前線の活動も活発ではないようで、雲は多いが、梅雨の間の晴れの日も多い。
じゃあ、海水温度も低くてサーフィンには不向きではないかと思うかもしれないが、
実は気温と海水温はそれほど完全に連動しているわけではなかったりする。
陸(おか)の上は三十度を超える猛暑でも、海水は冷たかったりするのだ。
また、その逆もありうる。
「しかし、こうも雲が多くては気が滅入ってしまってかなわん」
「そういう時には波に心を振り向けて集中するのさ」
氏真の愚痴に俺はそうアドバイスする。
雲が多いのは仕方がない。中世後期の太陽活動減退のせいで太陽風が減少しているからだ。
太陽風が減少すると地球に降り注ぐ宇宙線の線量が増加して、それが成層圏で反応を起こして雲の生成を促す。
蒸発した水蒸気が空中で寄り集まって自然と雲が生まれてくるわけではないことは、二十一世紀初頭にはすでに解明されていた。
「アッー! 海はいいなぁ」
海に出ると氏真が叫んだ。
スピードが乗る。
氏真のボードが波を駆けあがる。
空中でターン。
「俺は幸せだぁ!!」
氏真が叫びながら波を駆け降りる。
「氏真。サッカーの方はいいのか?」
「あん? 夏と言ったらこれだろ。これ。
波間のtubeを抜けるのたーのしー!!」
こいつ……根っからのサーファーだ。
裸一貫。板と波さえあればどこででも生きていけるタイプだ。
氏真の隠された本性を垣間見て溜息をついた俺は氏真と共に寄せ来る大波こなみに向かっていった。
ひゃっほーい!!!
氏真の歓声を後に残しながら。
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イスラム教国を避けてインド洋沿岸をさまよっていたラ・ドーフィネ号はセイロン島北東部の自然港湾、トリンコマリーに停泊していた。
今後の方針を定めるために船の首脳部で話し合いを行う。
「だめだ。どこへ行ってもポルトガルの影響下にある」
副長のアンドレアが発言した。
それを踏まえて船長のオスカルが現状を指摘する。
「ここセイロン島もコロンボを拠点にしてポルトガルが勢力を拡大中だ。
東部にある、このキャンディ王国にも危機が迫っている」
「では、彼らに武器を渡してはどうですか」
「いや、アンドレア。キャンディ王国を支援しても所詮は焼け石に水であろう。
閣下が求めているのはユグノーの強力な同盟相手であって、ポルトガルの侵攻に苦しむ王国ではない」
アントワーヌがそう告げるとアンドレアも黙り込んだ。
善意だけでは何事も解決しない。それは彼も分かってはいた。
「船長、インド洋は既にポルトガルの庭です。マラッカを越えてさらに東へ向かうしかありません」
「現状そうするしかないか……」
オスカルがアントワーヌの意見に同意する。
こうしてラ・ドーフィネ号はポルトガルが支配するマラッカを突破して、
彼らに死の運命が待ち受けている南シナ海へと続く最期の航海に踏み込んでいくことになった。
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