第37話塩は命の母CL(シエル)



「駿河に鉄砲鍛冶を送れだと?」


俺の申し出に根来の頭は渋い顔になる。


「そうだ。別に無理強いはしない。だが、禄は弾むぞ。行きたい者だけくればいい。

 期日を区切っての契約でもかまわん。だが、半年とかの短期はやめてくれ」


「……駿河でも鉄砲を作るという話だが、そうなったら根来の商売敵が増えるだけではないか」


「いや、そうでもない。これから鉄砲は世に広まっていく。

 そうなった時に買い手は大名にとどまらず、猟師や百姓も手にするようになるだろう。

 日ノ本六十余州の需要を根来堺国友だけで賄えると思うか?」


「……いや、無理だな」


しばらく考えてから根来の統領はそれが不可能なことを認めた。


「ならば駿河に人を送って暖簾分けするのも手であろう?

 ……それに、駿河に来ればこの塩が嘗め放題だ」


そう言って俺は甲斐の山塩、神代塩を皿に載せてずいっと差し出す。

統領は皿を見た。


「塩のようだが……」


さすがに塩ソムリエなだけのことはある。

すぐさまこれが塩だと気づいた。


「いいから嘗めてみろ」


俺が奨めると指で摘まんで口に入れる。

次の瞬間、統領は目を見開いた。


「なんだこれ!?」


「驚いたか。これが今、禁裏を騒がせている甲斐の山塩だ。

 駿河に来た奴はこれが仕事中嘗め放題だぞ」


「こんな美味い塩は生まれて初めてだ! 行く。行かせてくれ!!」


そうして結局、塩を嘗めた奴らは全員駿河行きに同意した。



なんやかんやであちこち回った結果、駿河へと戻ってきたのは春も弥生の三月である。

関白殿下と鉄砲鍛冶一同を引き連れて氏真に会いに城へ行ったら呆れて頭を抱える始末。


「太郎、お前は全くデタラメな奴だな」


苦笑の末に氏真がそう締めた。


ここで、今現在の四国同盟のそれぞれが対する敵正面はというと……


今川……三河方面のみ

武田……三河方面のみ

北条……関東一円のみ

長尾……主に芦名のみ


とまぁ、こんな感じだが、信玄が三河を切り取れば、

今川領は四方を同盟国に囲まれた安全地帯となって国内開発もはかどる捗る。

東西北を塞がれた今川家に残された進出方向は南=海だけなんだが、これについては俺に考えがある。

その件に関しては堺の今井宗久からの返事待ちだが。

チートネタを仕込むために氏真の腕の良い職人を紹介してもらって俺は城をあとにする。

氏真、後処理は任せた。



「……これを作れと?」


紹介された職人を訪ねた俺は現物を出して見せる。

ブツを観察していた職人は「ひと月くれ」と言った。


「素材は桐でいいな?」


職人は俺に尋ねる。

桐は軽くて丈夫な木材だ。それに腐りにくい。

バルサ材があれば最高なんだが、あれはまだ東南アジアには来てないはずだから、

もしも手に入れようとするならば、中南米にまで手を広げなければならない。

見本となるサンプルが必要だと言ったから現物は職人に預けておくことにした。

そのまま預けてひと月待つ。


卯月に入り、職人の樹莉庵朝三次から完成したとの連絡を受けた俺は朝三次の工房を出向いた。

出来上がった完成品をじっくりと検品する。


「いい出来だ。これならいけるだろう」


「滑り止めに砂を松脂に混ぜたものを塗ってある。注文通りで合っているか?」


「合っている。それでいい。また何かあったら頼むからよろしく」


「ああ、任された」


こうしてネタの仕込みは終わった。

あとは氏真からのゴーサインを待つだけだ。俺は急いで登城する。



「氏真。いいか?」


「んぁ? 太郎か。ちょうど切りが良いところだからちょうど良いぞ。

 どうした。何かあるのか?」


内政家の氏真は今日も熱心に政務に励んでいる。

いくさのプレッシャーから解放されて実に活き活きとしたものだ。

そんな氏真に俺は、これからの今川家の経済成長戦略について語り掛ける。


「今川が狙うべきこれからの国盗りについて提案したい」


「長尾武田北条と同盟関係に入った今、切り取れる領地は無いぞ」


「本当に無いと思うか?」


「三河は武田に任せるという話でまとまっただろう?」


氏真がきょとんとした顔になる。

それを見た俺は改めて説明した。


「西と東と北が塞がれているが、南は開いている。海に乗り出して南の島を切り取る」


「伊豆か? あれは北条が押さえているから手を出すのは断じてならんぞ」


俺が指している南の島を伊豆七島と誤解した氏真が俺に反対。


……仕方がない。もう少し丁寧に説明するか。


「氏真。さらにその南の南だ。

 そこまで行けばまだ無主の、未だ誰も済んでいない島々がある」


「……なるほど。そこを今川で押さえて薩摩や琉球の産物を育てて東国で売るか。

 それならばいけるかもしれん。それも、船があればだがな」


内政面では嗅覚の鋭い氏真は即座にビジネスの可能性に気付いた。

しかし、同時にボトルネックの指摘も忘れない。


「船は俺が調達しよう。外洋に向いた南蛮船だ。

 どうしても駄目なら、ころしてでもうばいとる」


「はははは……」


氏真が乾いた笑みを浮かべた。


「だがその前に小田原の承認が要るな。

 太郎。交渉は任せた。行ってきてくれ」


「おう。任された」



街道の葉桜見物をしながら小田原へと向かう俺とお市は箱根に差し掛かる。

すると、待ち構えていたかのように風魔忍者の集団が現れて護衛についた。

風魔小太郎が俺に会釈をしてきたので俺も会釈で返す。

小太郎は小田原まで付いてくるそうだ。

今回の氏康との交渉では風魔をダシに使うつもりだからちょうど都合がいい。



「今川家から我らに話があるとのことであるが……」


上座に座った北条氏康が切り出した。


「はい。四国の盟約が成った今。今川領は平安につき、

 これからのことを考え、経世済民の為に交易の手を広げようと考えております」


「うむ」


なるほどという表情が氏康の顔の面(おもて)に出る。


「つきましては南の島々に手を伸ばしたく……」


「まさか、伊豆の島のことではなかろうな……?」


俺の願いに氏康の表情が怪訝なものとなったのは仕方がない。

この時代ではその外の太平洋に島があることすら認識していないからな。


「いえ、伊豆七島では御座いません。

 更にその南の南、東の東にあるかもしれない未知の島々を探して今川家の通商路を開拓できないかと考えておりまする」


「なんとまぁ……」


無意識に氏康が呆れたような声を出してしまった。


「つきましては、伊豆七島より南の島々を今川家が発見した際にはその領有を北条家に認めて貰えませんでしょうか」


「まるで雲をつかむような話であるな。

 ……よかろう。伊豆よりも南の島であれば構わぬが、認める代わりに何をくれる?」


外交交渉はギブ&テイクだ。

当然のように氏康は交換条件を要求する。


「されば、風魔衆の強化に繋がる技の伝授などは如何でしょうか?」


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