第36話裏工作こそチートの華



二条の御所で将軍義輝は夢を見ていた――

夢の中で義輝はやたらと体の大きい白い馬に乗って富士の山を背景に海岸を駆けている。

乗馬のさなかにもかかわらず、なぜか晴れ着に身を包んでいた。

富士山を背景に松原で馬を止めるとバックに大きな文字が浮かぶ――義輝評判記 暴れん坊将軍――と。


次の瞬間、場面は一転してどこぞの幕府お偉い衆の屋敷の夜に変わった。

中庭に面した部屋の中では権柄眼(けんぺいまなこ)で年かさの男が

権力亡者らしい欲望に満ちた笑顔で妙齢の婦人にのしかかり、迫っていた。


「かっ、かほよ殿っ。良いではないか、良いではないか。うへへへへへへ……」


「おやめくださいまし、師直様。亡くなったとはいえ、わたくしは塩谷判官の妻に御座います。そのようなご無体は」


「うひひひひっ」


「あ~れ~」


かほよと呼ばれた婦人が悲鳴を上げた瞬間、開いた扇子が師直の額に直撃して乾いた音を立てた。物陰から鮮やかな衣装に身を包んだ一人の侍――義輝が現れる。


「うろんな奴……! 何者だ!?」


怒鳴る師直を義輝が叱りつける。


「高師直、余の顔を見忘れたか?」


「うっ、上様。……ははぁっ」


魂消た(たまげた)様子で高師直がその場に平伏した。

かほよと師直に呼ばれていた婦人も慌てて義輝に伏して頭を下げる。


「師直、その方、余の家臣でありながら、

 忠臣塩谷判官の妻女を望み、判官を死に至らしめたること武士の風上にもおけん。潔く腹を切れ」


こう断罪された師直の顔は真っ赤である。


「ええいっ、このような場所に上様が居られるはずが無い。

 皆の者、出会え、出会えッ。この上様の名を騙る痴れ者を切り捨ていッ!!」


義輝を取り囲んだ師直の家臣たちが刀を抜く。

抜刀した義輝。太刀の鎺(はばき)に彫られた、丸に二つ引き、足利将軍家の家紋がきらりと光る。

義輝は太刀を返した。峰打ちの構えだ。

するとどこからか軽快なアップテンポの笛の音が聞こえてきた。

まるで義輝の立ち回りを鼓舞するかのように。

それを見て師直の家来が次々と打ちかかった。


「キアーーッ!」


バキッ、ドカッ、ボゴッ。

鈍い音と共に倒れ伏す師直の家来。

いつの間にか現れた、塩谷判官の家臣、大星由良助父子も参戦しての大立ち回りだ。

振り向きざまにカメラ目線で見得を切った義輝が師直を睨む。


「斬れ、あ奴を斬れっ!」


怖気づいた師直が家来の尻を叩いて義輝に立ち向かわせるがあっという間に打ち捨てられてしまった。

あとに残ったのは師直のみ。


「イァアアアアッ!!」


やけくそ気味で師直が義輝に切りかかる。

だが、師直の刀は将軍の剛剣にはじき飛ばされた!!

丸腰となった師直の姿に、義輝が由良助父子に命じる。


「成敗!」


師直に駆け寄った大星が主君の敵を討つ。


「師直殿、御免!!」


見事なりと忠心を賞する義輝。

そして、本懐を遂げた大星由良助義金、力弥父子が義輝の前で跪いたところで目が覚めた。



……何だ? 今の夢は……??

訳のわからなさに義輝は頭を抱える。


義輝評判記……? 暴れん坊将軍……? うっ、頭がっ……!



そんな義輝の様子を物陰から観察して俺はほくそ笑んでいた。

今、義輝が見ていた夢は俺がフィリーの魔法、電波送信で義輝の脳内に放送していた毒電波である。

監視役と自称して付いてきたお市は引きつった顔で俺を見ていた。

お市や藤孝には、義輝を表立って助けるつもりはないと言ったが、

裏立って助勢する気は無い、とは言ってないからな!



そんなこんなで、京の都での塩献上の儀が済んだ俺はお市と連れ立って堺へと向かった。

ついで途中で石山へも寄るつもりだ。顕如は武田信玄の義理の弟だからな。

関白殿下は塩を巡る件で忙しいらしく、付いていけないのを残念がっていた。

そしてひとまずは塩の商談はやめてくれとも頼まれているので堺ではサンプルだけ渡す予定でいる。



「これがその塩で御座いますか……」


信玄から贈られた塩を見た顕如は信長の野望を十年にわたって阻んだ人物だけあって、すぐにこの塩の価値と政治的意味に思い当たったようだ。


「これで尊王の気が澎湃(ほうはい)として沸き起こることとなりましょうな」


そう宣べると本願寺顕如は塩に拝礼をする。


「義兄上様よりのご依頼、確かに承りました。長尾殿と越中門徒の和睦の斡旋をいたします」


「それは助かる。ついては越中越後の国境の安定化についてなんだが……」


「それでしたら、神保はこちらで抑えます。さすれば長尾殿の手間も省けましょう」


「それでお願いする。武田家の軍勢を平和維持軍として越中に駐留させることも考えたが、門徒衆にやっていただいた方がいいだろう」


「ではそういうことで」


「頼んだ」


要は越後の西部国境に張り付けている兵力を減らして開発事業に向けるリソースを確保したいということだ。

速やかに国内戦争を終結させて国土開発を行わないと、

現状のままでは、日本はランドパワー国家(陸軍力)の連合体からシーパワー(海軍力)の単一国家への転換を行うことができない。

信長の唱えた天下布武にしてもやり方を間違えると、この成長プロセスを阻害する要因ともなる。

微妙な舵取りが必要になってくるだろうが、越後の国力増強は海軍国への転換の布石でしかない。



次に訪れたのは堺だ。

塩の商談はストップが掛かっているため、塩のサンプルを渡して、他の商談を進めることとする。そんなことで納屋の今井宗久を訪ねたのだが、当の主は不在。

だが、帰ろうとした俺を家人が引き留めたので、主が帰ってくるのを待つことにした。

床の間に掲げられた水墨画や庭に設えられた枯山水の庭園を鑑賞して主の為人(ひととなり)に思いを馳せる。


応接間の絵画や調度品、作庭された庭などは、ただそこに置いてあるわけではない。

来訪者に主の人格や思想をアピールするためにあるのだ。

だから客として訪れた者は、それらを鑑賞してこれから面会するのがどのような人物かを知る手がかりとする。

俺は主に庭に関心があったがお市の方は水墨画の方に関心を惹きつけられたようだ。



「お待たせして申し訳ございません」


開口一番、現れた主の今井宗久が謝罪する。

聞けば甲斐の塩の件で寄り合いが開かれていたという。


「神代の海の塩とあっては一大事でありますれば」


「さすがに耳が早くて助かる。

 これがその塩なんだが、今回は試しということで会合衆で分けてみてもらえれば」


「では失礼して」


差し出された甕に箸を入れた宗久が口許に運ぶ。


「……確かに違いますな。これは並の塩とは別格」


「宮中からのお達しで今回、塩の商いの話は無しということでお願いする。

 その代わりと言ってはアレなんだが、別口の商談を受けては貰えないだろうか?」


「良いですとも。海道一の弓取りと名高い今川様のお話、お伺いいたしましょう」


鷹揚に頷いた宗久に俺はぶっこむ。


「鉄砲鍛冶を静岡に寄越してくれないか?」


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