第71話対独工作



当初に抱いた俺の目論見通り、シャルル九世はユグノーの王となることを受諾した。

当面の間、王家との同盟は密約とされ、表に出ることはない。

意思の疎通も以心伝心によって行われるため文書などは残らないのだ。

そしてルイーズはお市を伴ってイングランドへと渡っていった。

ルイーズに貸し出す形になったがそれは構わない。

せいぜい見聞を広めてくるがいいと思って送り出す。


残った俺はというとブランデンブルグへの使いに出ることになった。

で、どういうわけだか知らないが、ラヴィニアが俺との同行を志願してきたので連れて行くことになる。

こいつもお市に負けず劣らず可愛げがない。


「おい、セーヌの生霊の方は休んでいいのか?」


ラヴィニアは知らぬ顔で横を向いて黙っている。

俺の話など聞けるかと言いたいらしい。そのくせこっちが黙っていると向こうから絡んでくる。


「ギーズ派の警衛が厳しくなってきたから、パリを売ろうって考えだな」


「お前には関係ない。オレはお前を監視するだけだ」


こんな感じで突っ込まれると言い返してくるあたり「なんだかなぁ」とは思うのだが。

とりあえずセーヌの生霊(レイス)の正体を知っているのは俺だけということになってはいる。

侍女としての雇い主であるコリニー提督にはとっくにバレているだろうが、知らぬ存ぜぬを決め込むつもりなのは間違いない。

死して屍拾う者無しの隠密レイスとして扱う考えなんだろう。

こんな歩く火薬庫みたいな女にそれもどうかと思うが。


まぁ、とにかくだ。

ユグノー派としての公式文書を託された俺は厩から引き出したペルシュロン種のセーラに跨り声を掛ける。


「ゆくぞ、セーラ」


俺の呼び掛けに一声嘶いたセーラが歩き出す。

どういうわけだかラヴィニアは俺がセーラに「セーラ」と呼び掛けると嫌な顔をするが、知らんわそんなの。



ブランデンブルグ選帝侯へのアポイントを取るためにベルリン市城を訪問すると、すぐさま会うとの返答があった。

前回はルイーズに任せきりだったが、今回の折衝は俺がすることになる。

文書を渡すと侯はそれに目を通して再度の確認を行う。


「フランス王はユグノーと組むことを決断したとはまことであるか?」


「はい。ご下問の通りに御座います。

 シャルル九世陛下は旧教派有力貴族とカトリックの存在を経済上の障害と考えられ、これを排除したい意向を示されました」


……もっとも、そうなるように仕向けたのは俺だけどね。


「それで、フランスは我らと同盟したいと?」


「御賢察痛み入ります。陛下は新教国家同士の同盟を望んでおられます」


……お前がドイツ帝国を纏め上げろ。


という言外の意味を悟った侯はううむと考え込んだ。


「そこで選帝侯閣下にはフランス王よりの贈り物がございます。

 まずはこれを……」


「これはなんであるか?」


「プレスタ―ジョン王より下賜された以心伝心の指輪に御座います」


そう言って、警護のために控えていた身分の低そうな騎士二人に装着させるよう促す。


「よい。ためしてみよ」


主君よりの指示を受けて恐る恐る指に嵌める。

嵌めた瞬間、二人は同時に叫んだ。


「なんだこれは!」


驚く二人を無視して俺は選帝侯に話しかける。


「この指輪は着けた者同士が以心伝心で会話するための者に御座います。

 どれだけ離れていても一瞬で念ずれば話ができることから念話とも」


「わかった。余も試してみよう」


選帝侯はさっさとリングを着けると虚空を睨みつけるように見た。

侯の眼前には装着者にだけ見えるウィンドウが現れている。

どうやら選帝侯はシャルル九世と会話を始めたようだ。

楽し気な表情が顔の上で踊っていることからもそれはわかる。

たぶん、これは、どす黒い孤独に耐えなければならない宿命を背負う執政者にとっての息抜きでもあるのだろう。


同じ宿命を背負う者同士にしか理解しえない苦悩。

一瞬で繋がる連絡手段が何もない時代では、国家指導者はどす黒い孤独の中、ただの一人だけで耐えなければならなかった。

そうなるとそこには疑心暗鬼が入り込む。

これが数多の戦争を産む因ともなっただろう。

ホットラインの有る無しは外交上に大きな変化を与えるのは間違いない。

暫くして楽しい会話は終わったようだ。


「この道具は素晴らしい。これがあれば誤解から始まる戦争を避けることができよう。

 国同士の信頼関係も築きやすくなる……まだ余っているのなら、どうかプロイセンにも持って行ってくれないだろうか?」


「元よりそのつもりに御座います」


「よろしく頼む」



「待っていたぞ太郎!」


ケーニヒスベルクに着くとプロイセン公アルブレヒトが城門まで出迎えに出ていた。

その異例ともいえる応対にラヴィニアが驚いている。


「おお、元気そうで何よりだ」


「お前もな!」


言いながら、がしっと抱き合う。


「話は宗家よりの使者から聞いた。何やら面白いものをくれるそうじゃないか」


「ああ、詳しくは中で話そう」


肩を組んで歩きながらそんな風に軽口を叩いてるのを見てラヴィニアは口全開で呆けている。


……ラヴィニア、お前は南極一号か。


  いや、お市が一号だからお前は力技の二号な。


謁見のまで周囲が止める間もなく指輪を装着したアルブレヒトは早速、宗家の当主と話し合いを始めた。

使い方や使用方法などを色々と取り決めているらしい。

いつでもどこでも迅速に意思疎通ができるとなれば、フォーニーウォー(偽りの戦争)を犠牲者も出さずにコントロールすることも可能となる。

敵を嵌めるのには実に都合がいい。


そして俺のプロイセン滞在は二か月に及ぶ。

それというのも、フランス王――ユグノー派――ベルリン――プロイセンのホットラインが開通した結果、情報のみの伝達役は不要となったからだ。

お陰でニンジャのことが伝わり、プロイセンにもドイツ忍者学校が開設された。

そしてプロイセンでの俺の仕事は実質、忍者の養成講師となる。

二か月ほどで基礎的なことを叩き込み、後任は俺が仕込んでおいたラヴィニアに頼んだ。


「誰がお前の頼みなど!」


「そうか? じゃあ、コリニー閣下頼んます」


「了解した。太郎」


「か、閣下っ!?」


「そういうことだ、ラヴィニア。太郎の後は頼んだぞ」


「はっ、はいっ! 承りました!!」


というやりとりが指輪を介した以心伝心で行われては、ラヴィニアも断り切れない。

お陰で俺も次の工作に移れるというものである。

もう二件だけ片付ければ、ヨーロッパでの裏工作は終わらせて日本に戻れるんだから、早く終わらせたい。

そんなわけでパリに戻る。



パリへ戻ってコリニー邸に帰着するとルイーズとお市も戻ってきていた。

そこで提督も交えての報告会となる。


「女王陛下は出兵を御承諾なさいました」


女王陛下と呼ぶ際にルイーズとお市の顔が一瞬引きつったようだが、その理由が分からない。

後で聞いてみたらそりゃそうだと思った。


「あ、兄上と同じ年くらいの男が、臣下から、

 じょ、女王陛下と呼ばれているんだぞ!!」


とんでもないものを見たと言わんばかりの表情でお市が俺に訴えかけるのを見ると納得せざるおえない。


「じゃあ、俺も今度から信長姫と呼ぼうか?」


「やめろ! やめてくれ!! 兄上をそんな風に呼ぶんじゃない!!!」



……それはそうとして話を戻すとだ、

シャルル九世以下ユグノー派による打ち合わせの結果、シャルル九世がイングランドの女王エリザベスとハンプトン・コートの密約を結ぶことになった。

国王自身がユグノー派の首領となったことにより、こういう際どい手法が使えるのは大きい。

イングランド軍が九月はじめにル・アーブルへと上陸してギーズ公らの軍隊と戦う筋書きが組まれていた。


「……ですが、閣下。あまりイングランドをアテにしてはいけません」


「意外だな。元は太郎殿の策であろうに」


「はい。そうではありますが、国家には真の友人は存在しないとも言います。

 とはいえ、これは当たり前の話であって、国家が守るべきは自国民とその領土であり、他国ではないのですから。

 なので、ほどほどがよろしいでしょう」


なにしろイングランドの対大陸政策の基本は、大陸国家同士を相争わせてその矛先がイングランドに向かわないようにする、というものだからだ。

ゆえに、フランスが強化されれば、イングランドはオーストリアやバチカンとも組みかねない。

それどころか、イギリス国教会の設立すらもバチカンからの偽装離脱という線も……


たとえ考え過ぎだろうと、想定可能なシナリオには予め対処しておくべきだろう。

そうしておけば案外と災難の方から避けていってくれるものだ。

だから、イングランドが裏切った時のために仕込んでおく。


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