第5話はじめての信長いぢめ



大高城はもぬけの殻だった。

義元のおっさんが討たれたと思った直後にさっさと撤退したらしい。

眼前の状況を見て、どうしようかと俺は考えた。

何か残ってないかと思った俺は、とりあえず空家となった城の中に入ってみるが見事に何もない。

食糧庫には使いかけの米と石臼があるのみ。


「よし、そうしよう」


俺は石臼で米粉を作ることにした。




♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡



「一体、何なのだ……!」


信長は苛立っていた。

後詰めに今川義元を釣り出して田楽狭間で討つ目算が狂った。

未だ、義元を討ったとの報告は届いておらず、ただいたずらに時が過ぎてゆく。


「……まだか。……まだか」


信長が呟いた瞬間、桶狭間の方角からとんでもない爆発音が響いた。

ズシンという地面の揺れと共に大気が激しく震える。

「なんだ、何があった……?」と彼方を見遣れば人が砂粒のように空中に吹き上げられていた。


信長が一瞬、我を失う。


だが、流石に信長、すぐに気を取り直すと爆発のあった方角へ馬首を進めた。



「義元はどうなった!?」


爆発で吹き飛んだ将兵に向かって信長は問うが、爆発の衝撃で呆けているから返答はない。

信長が苛々していると「あれを」と馬回りの一人が指をさした。

教えられた方角を向く。

すると、若い男が中年の男を抱きかかえて爆心地から逃げ出そうとしているのが見えた。


「逃がすものか。鉄砲隊、構え!」


信長の下知を受けて鉄砲隊が一斉射撃を加えるも、銃弾はシールド魔法「プロテクション」で弾かれた。


「……なんだあれは?」


「ひょっとして俺は夢でも見ているのか……」


「追え、義元を逃がすな!!」


麾下の武将が茫然とする中、信長は叫ぶ。



そして翌日になった。

織田軍総出での追跡にも関わらず、落ち延びた今川義元の痕跡はどこにも無かった。

義元が見つからないことに焦れた信長が檄を飛ばす。


「探せ! 深手を負った義元はそう遠くへは逃げていない。

 草の根を分けても見つけ出せ!!」


――御屋形様は気力だけで立っておられる。


叫ぶ信長を見て木下藤吉郎はそう思った。

その時、鳴海城の方からまた、爆発音が連続して聞こえた。

見れば砂粒のように人が空に吹き上げられている。


「義元は鳴海に在り! 我に続けっ!」


信長は軍勢を鳴海城に走らせた。




♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡



「よし……と。できた」


俺は挽き終わった米粉をアイテムボックスに放り込む。

これでネタの仕込みは終わった。

あとは痛手を負った今川家へ織田がちょっかいを掛けられないように少し痛めつけてやればいい。

そういうわけで俺はさっさと清洲城に忍び込んだ。


軍勢が空になった清洲城はごくわずかな番兵を除くと女中なんかの方が圧倒的に多かった。

戦線は遥か先だからか、警戒の目は薄かった。

戦いの帰趨に不安を隠しきれないようだが。

そんなことでひと気の薄い城内を気配を殺して進む。


「あった」


ちょっとばかり手間取ったが、目的のものが見つかったので安堵の声が出てしまう。

いそいそと引き戸を開けて中に入るとそこは宝の山。

蓄えられた兵糧の米俵がぎっしりと。


「南無三」


俺は片手で手を合わせると米俵に向かってファイアーボールをぶっぱなす。

あ、正確にはフィリーがやっただけだけど。

そもそもラビア王国ではニンフのパートナーが居なかったら、人間は魔法が使えない。

しかも男の場合には魔法を使い過ぎると使用回数に応じて胸が巨乳になるというおまけ付きだ。

ニンフが胸に吸い付いてちゅーちゅーしてるからだけどな。


そうだから、魔法を使い過ぎた男の魔法戦士の末路は悲惨だ。

Cカップ、Dカップどころかスーパーカップの巨乳をブラに包んで剣を揮うことになる。

しかも母乳というか父乳があふれてくるんだぜ。

だから正直、俺はあんまり魔法には頼りたくない。

精神面での健康のため、魔法の使いすぎには注意しましょうってやつだ。

とはいえ、肉体的健康度には何の影響もないのだが。


そういうわけで一発目のファイアーボールが米俵に決まって炎を吹き上げた。

火のついた米俵からもうもうと煙が上がる。

俺はそこに枯れ枝を突っ込んで引火させ、次々と俵に放火していった。

突然の火に驚いて若い女中が逃げ出す。

その後を追うことなくおれは真面目に放火を続けるがすぐに邪魔が入った。


「貴様、ここで何をしているっ!?」


誰何する鋭い声に振り返ると、若い女の武芸者が槍を構えて鋭い視線を俺に放っていた。

さっとその全身へ舐めるように視線を走らせ、鑑定した限りでは年頃は十代半ばと思える。


「何って……火付けに決まってるだろ?」


「おのれ! 覚悟せいっ!!


俺が当たり前のことを当たり前に説明すると何故か女武芸者は激高して突きかかってくる。

……いや、理由は分かるんだけども。


「おいっ、あぶないじゃないか!」


「火付けがなにを言うか!!」


俺がたしなめても女は聞く耳を持たない。

嵩になって神速の突きを繰り出してくる。

それを躱しながら俺は放火を続けた。

そうこうしているうちに建物の外が騒がしくなってくる。

どうやら人が大勢集まってきたようだ。

そしてこちらの建物にも本格的に火が回ってきた。


さて、ここで問題。

木造建築物に火が回るとどういうことになるだろうか?


……はい。正解。

焼け落ちた梁が落ちてくる。

俺はそこらへんを計算して立ち回っていたんだが、激高していた女武芸者はそうじゃなかった。

燃え盛る梁が女武芸者へ、どーんっと。



「うわっ」


黒騎士になって俺は女武芸者へと駆け寄った。

煙を噴き上げて炎上する梁を女武芸者の上からどかす。

衣服にはまだ燃え移っていないようだが念のために水魔法をぶっかけてから女の容態を確かめた。


「うわっ、頭蓋骨が割れて中身が見えそう……」


これはやヴぁいな。

急いでヒールポーションをアイテムボックスから出して後頭部にふりかける。

ポーションの雫が患部にかかると発光して傷が跡形もなく消えた。

これで一安心だが予断は許されない。

戦国時代の医術ではどうにもならないがラビア王国の医療レベルならなんとでもなる。


「……仕方ない。連れて行くか」


俺は女を抱え上げた、

女と俺をシールドの魔法で包むと、俺はアイテムボックスから米粉を出してフィリーに風魔法でばら撒くように伝える。

一瞬で隅々にまで均等に散布された米粉が兵糧蔵を吹き飛ばした。



「やれやれ……手間取ったな」


瓦礫の山となった食料庫の残骸をかき分けて外に出ると周りにいた連中がぎょっとした。

幾人かは爆発の余波でひっくり返っている。

お姫様抱っこしている女の容態も気になる今、さてとどうやって立ち去ろうかと思案していると、人垣の向こうから俺を射竦めるすさまじい眼力が。


「あー」


そいつを見て俺は思わず声を漏らした。

さっき鳴海城で俺を睨んでいた偉そうな男にここでも会ったわけだが、ちょっとこういう眼をしたやつは見たことがない。

しいて言えば俺達が斃す手助けをした魔王の眼力に似ている。


偉そうなやばい目つきの男は俺をすさまじい視線で見ていたが、

俺の腕の中でぐったりとしている女の姿が目に入った瞬間、その唸りは悲痛な叫びに代わった。


「お市っ!!」


へー、この女武芸者はお市って名前なんだ。

ということはこの偉そうな男はひょっとして織田信長か?


ならここで少しネタを仕込んでおくか……

俺はこん正男まさおのおっさんから教わったポルトガル語なまりの日本語で挨拶をすることにした。


「オー、ノブナガサーン! アナタハーカミヲーシンジマスカァー?」


でも頭に血が上った信長は俺の話を聞かない。


「おのれ! お市をどうするつもりだ!!」


「ワタシー、カピタンネー! バテレンノタメニーショウバイスルヨー!!

 コノワカイムスメー、オイチサンッテイウンデスカー!!

 コンナワカクテウツクシイムスメナラー、イクラデモツカイミチハアリマース!!

 ナンバンニモチカエッテドレイニスルモヨシ。ワタシノツマニシテモイイデスネーッ!!! アッハッハッハ~~」


俺がポルトガル人の奴隷商人になりきって信長を煽るとすぐに信長は切れた。

火縄銃を取り出して構えてくる。


「殿!おやめ下されっ、お市様に当たります!!」


必死でしがみつくというか、取り押さえる家臣たちの下で信長のぎらぎらとした目だけはずっと俺に向けられていた。


「ノブナガサーン、カルシウムが足リナイネ。もっと乳をノミナサーイ。そしてハイクを読むのデース!!」


俺がお市を抱えながら歩くと人垣が割れる。

割れる織田家の人垣からは凄まじい怨嗟の目が向けられていた。

念のためにと俺は警告しておく。


「ヘンなことはしないでクダサーイ! オイチサンのイノチガダイジナラネー!!」


高笑いを上げて俺は城の柵を飛び越えるとそのまま速度を上げて追いすがる信長達を引き離した。

背後から聞こえる、「お市ーっ」という悲痛な叫び声を耳にしながら。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る