第13話小田原への使者
結論を言えば、男チームの思惑は外れた。
それどころか家中の若い娘の間では白薔薇騎士団に入りたいという声がちらほらと出てくる始末。
そうなったのは、井伊谷の次郎法師が手ごわすぎたからだと言ってもいい。
或る意味で今川家凋落の原因ともいえる寿桂尼の周辺では女騎士団に否定的な心証もあると伝え聞いてはいるが。
そんな中、白薔薇騎士団のサッカー交流試合で勧進元を勤めた俺はトトカルチョで収益を上げることに成功していた
「太郎、どうだった?」
義元のおっさんが俺に聞く。
「結構儲かったよ。
この儲けを全部戴冠式に注ぎ込めば、かなり有意義な儀式ができるだろうな」
「勿体ない……。そんなに儲かったのならちょっとは残してもいいのではないか?」
決算数字を聞いて義元のおっさんがそんなことを言い出した。
「それは下策だな。
バクチの胴元になって集めたテラ銭なんぞ所詮はあぶく銭。
あぶく銭ならあぶく銭らしく下々のためにパーッと使ってしまうのが集まってきた銭への供養ってもんだ。
欲を掻くと碌なことはないからな」
「……そうか。して戴冠式の方はどうなっておる?」
義元のおっさんは未練たらたらだったが、気分を変えて聞いてくる。
「順調だぜ。
おっさんが氏真に授けるレガリアの制作も順調だ。
あとは秋晴れの良い日取りを選んでやるだけよ」
そんな会話を義元のおっさんと七月半ばにしていたのだが、月が替わった途端に氏真共々おっさんに呼び出された。
「父上、小田原への使いですか?」
氏真の問いに義元のおっさんはそうだと言う。
「小田原に入れてある政太夫配下の忍びによれば、北条にいくさに向けての動きがあるようでな」
義元のおっさんの説明によれば、今川家の忍者は藤林長門守の伊賀者の他に秋葉山修験道の一派と無極量情流があるという。
その中でも政太夫は無極量情流の頭目、浅見政太夫忠勝とのことだった。
「それで我らにその出兵を取りやめにさせたいということですか?」
「その通りだ、氏真。我が今川は織田とのいくさの痛手からまだ立ち直ってはおらんからな。
万が一、兵を出せと頼まれてもそう多くは出せん」
「わかりました父上。小田原へ行って参ります」
「うむ。よろしく頼む。
このような話は家のあるじたる氏真が氏康殿と談合せねばならぬからな」
「……さて、あっちでもいくさ。こっちでもいくさとよくもまぁ飽きることもなくいくさをしているものだ」
連れ立って練兵場へ向かう中で、氏真が溜息をつく。
飢饉のために東国では人心が荒れていると義元のおっさんが言っていたが、この状況に、氏真は心底嫌そうな顔をしていた。
俺達は練兵場での女兵の鍛錬にあたっている次郎法師を見つけて呼び寄せる。
「殿、何用ですかな」
「ああ、俺と太郎でこれから小田原まで使いに出向くことになったのでな、俺達が戻ってくるまで白薔薇騎士団の調練はお前に見ていてもらいたい」
「わたしごときがよろしいので?」
氏真の頼みを聞いて次郎法師は意外そうな顔をする。
次郎法師は言外において微妙な問いを滲ませていた。
「次郎法師よ、井伊と今川の間に色々とあるのは分かっている。
だが、俺はお前に任せたいのだ」
そう厳めしく告げた氏真は最後に表情を崩す。
「そうまで言われてはお引き受けせざるおえませんな。
殿、謹んでうけたまわります」
城の門を出ると政太夫配下の忍者が数名ほど待ち構えていた。
聞けば俺達の護衛だという。
俺達は行程の打ち合わせをすませるとすぐに出発した。
三島から箱根の山を越えると、エスコート役が風魔の里からついてくる。
彼らの先導で小田原城下に入ると、当主北条氏康との面会はすぐに叶った。
「ほう。珍しい者が居るな」
大広間に入ってきた氏康の第一声はそれだった。
氏康の視線はお市に向けられている。
それに如才なく氏真が応じて、話を自然につなげていく。
「この者は、こちらにいる
「今川殿の所に珍しい客が居ると聞いておったが、そなたらがそうか。
……それにしても、南蛮人とはげに珍しき髪の色と耳の形よのう」
氏康がお市の容姿をまじまじと観察する。
お市は何と答えていいものか分からず、真っ赤な顔のまま無言で肩を震わせた。
「御本城様、この者のあるじとして申しますが、このアンジー、正しくは南蛮人ではなく紅毛人でもございません」
「ほう。それはまたいかなることであろう?」
「は、髪色の濃い南蛮人どもの国の北には紅毛人の国々がありますが、このアンジェリカはさらにその北にあるアルフヘイムに住む
「なんと異国の姫であったか」
この作り話には氏康もたまげたようで、びっくりしている。
「そして故あって放浪していたところを私が見つけて我が騎士としたのです」
「ううむ。姫でありながら騎士でもあるか……」
氏康は想像もつかないといったような反応を見せた。
正直、俺だって「姫で騎士」などと言われたらわからないぞ。
そうしてそんな与太話に興じる俺達にお市はジト目をくれていた。
「ふぁ~あ」
「おい。そんなことでいいのか?」
だらしなく欠伸をする俺にお市が小声で話しかける。
「いいさ。どうせ俺にここの家の外交はわからん。
それにああ見えても氏真はただのサッカーバカじゃない。
大丈夫だろ」
別室に通された俺とお市は茶を飲みながら駄弁って待つも、氏真と氏康の話は長時間に及んだ。
全権を持ったトップ同士の会談とはいえ、事前調整もないわけだから詰めに時間がかかる。
結局、会談が妥結したのは一泊した後のことだった。
何とか合意を取り付けられて、氏真はほっとしていたようだが、北条氏康から伝えられた懸念事項があるため予断を許さない。
「そんなわけで氏真。俺、ちょっと越後へ行ってくるわ」
「突然だな、太郎」
会談を終えて一息ついている氏真と氏康に俺は告げる。
「こちらが戦争を放棄しても、戦争がこちらを放棄してくれないかぎり、必ず戦争は起きる」
それはそうだと二人は同意した。
「関東管領殿が越後に逃げたゆえ、越後の長尾が出てくるかもしれないということか」
「そういうことだ。しかも飢饉なのだろう? 乱取り目当ての出兵もありうる」
俺の説明に氏真が「うへぇ」という顔をする。
「なのでちょっくらちょいと長尾の殿様の顔でも拝んでくるわ。
氏真、義元のおっさんにその旨伝えておいてくれな」
「わかった」
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