第12話今川家白薔薇騎士団只今編成中



今川家女騎士隊の編成と訓練は順調に進んでいた。

硝石丘法に先立って床下の土からも黒色火薬を調合している。

騎馬となる馬を射撃音に慣らさせながら、女騎士候補に乗馬と銃剣戦闘を叩き込むのを並行して進める計画だ。

乗馬の教師となるのは井伊谷の次郎法師と意外なことにお市だった。

お市本人としては敵方となる今川家の乗馬訓練はしたくなさそうだったが、女だけの騎士団と聞いて渋々ながらも名乗り出ていた。


「……なんだ?」


胡乱そうな目でお市が俺を睨む。


「いや、アンジーが馬に乗れるとは知らなかった」


アンジーとかアンジェリーク、アンジェリカと呼ぶとお市は一瞬だけ嫌そうな顔をする。


「しとやかではない、じゃじゃ馬姫と言いたいのであろう?」


むっとしたお市のほっぺたを指でつんつんするとお市は露骨に機嫌が悪くなった。

それを横目で見ていた次郎法師が俺達に話しかける。


「ふむ。アンジ殿と安倍殿は仲が良いのだな」


「ほう、良くわかったな」


「違う!!」


ドヤ顔の俺と真っ赤になったお市を一瞥すると次郎法師はくすりと笑った。


「喧嘩するほど仲が良いというではないか」


お市は声にならない叫びを上げた。



「さて、今度は俺の番か」


練兵場に整列した女騎士団員を前にして俺は背筋を伸ばす。


「これより銃剣戦闘の訓練に移る。

 教官はこの俺、安倍あべの太郎たろうだ。

 銃剣戦闘は今までの槍とは一味も二味も違う。気を引き締めてかかれ。

 次郎法師、前に出ろ」


俺に呼ばれた井伊の次郎法師が女騎士団三百人の前に出た。

次郎法師に着剣した火縄銃を渡して俺も身構える。


「銃剣の基本動作は刺突と切り払いだ。かかってこい」


舌なめずりをした次郎法師が俺に突きかかる。

短い息を吐いての鋭い突きは流石に速い。

退きながら銃剣で彼女の突きを打ち払うと、俺はその余勢を駆って銃床をエルボースマッシュの要領で叩きつける。


「ふぅ……あぶねぇ、あぶねぇ」


銃床での打撃を間一髪で避けた次郎法師は言葉とは裏腹に何やら楽しげだ。

すぐに技をコピーして俺に使ってくる。


「これは面白い!」


防御と攻撃を繰り返しながら次郎法師が笑う。


「こんな楽しいことがあるのだから、今川から抜けなくて良かったわ!」


次郎法師は高笑いと共に、頭上で火縄銃を回転させると銃床で大上段を狙ってきた。


俺「それは銃剣の使い方じゃない!!」


次郎法師に俺はツッコミを入れた。



そんなこんなで女騎士団の編成訓練につきっきりの俺だったけど、それ以外にもやることがあった。

それは氏真との約束でもある、今川家中蹴球団のリーグ編成作業である。

家中の若手家臣や子供たちにサッカーを教え込んで戦力化する作業が着々と進められていた。

頭の固い大人は別としても若年者の間では軍事教練としてのサッカー試合は受け容れられつつある。

そんなある日のこと、俺は氏真から或る提案を受けていた。



「白薔薇騎士団とサッカーの試合を組みたいだと?」


「そうだ、そろそろ十一人編成の正式な試合がしてみたいという声が出ていてな」


「だが何で白薔薇騎士団となんだ?」


白薔薇騎士団とは今川家女騎士隊のことだ。

家中での異論続出の末にこの名に決まった経緯がある。

白薔薇の白は源氏の白旗から採られた。

ちなみに日本は薔薇の自生地である。


「三男坊あたりが婿入りしたいそうだ」


「婚活か……」


氏真の話を聞いて俺は悪態をつきそうになった。


「編成中の部隊だっていうのに何考えてんだ?

 そんな話は騎士団員が退職してからにしてくれ」


「まぁそうなんだが、桶狭間以来、家中のまとまりはあまり良くない」


「だから、頭ごなしに否定するのも宜しくないってことか……」


氏真の説明を聞いて俺も考えた。

白薔薇騎士団の選抜チームと家中の男チームを戦わせたら体力差で男チームが勝つ可能性が高い。

そしてそうなれば未だ編成中で、騎士団としての戦勝を経験していない白薔薇騎士団の士気にも関りかねん。

男チームの試合申し込みの背後にはそういう思惑があるのかも……


「わかった。では男女混合チームでの紅白戦ということにしよう。

 キーパーは紅白どちらも騎士団から出す。あとの十人は男女半々だ」

「やむおえまい」


俺の提案に氏真も同意したことで、家中交流戦という名の婚活試合が決定した。

……だが、男チームよ、果たして思惑通り事が運ぶかな?


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