第22話ユグノー戦争の始まり
「なぜあの病はおきるのですか!?」
武田典厩信繁がすさまじい形相で食ってかかるので、俺は懇切丁寧に説明した。
聞き終えた信繁は信じられないというような顔をしている。
「なので宮入貝という小さな貝を皆殺しにするのが手っ取り早いと思います。
この貝を食べる蛍の幼虫やアヒルを増やすとよろしいでしょう。またその他にも……」
「ま、待っていただけませぬか」
慌てて武田信繁が俺の話を遮り、その上でこう言った――兄の信玄に直接話してくれと
そういうわけで俺はお市を伴って甲府へと向かうことになった。
武田家一行の帰国にくっついてではあるが。
「我が武田家はこの病に長年苦しめられてきました……」
典厩信繁がしみじみと述懐するところをみるに、甲斐源氏の一族にとって甲斐の風土病はそれほどの大問題であるようだ。
「ですが安倍殿の申される通りならば、甲斐の国は生まれ変わることになるでしょうな……」
期待に目を輝かせて語る信繁は武田家の外交方針に一大転換が起きることを予言する。
それはまるで北極海が凍らない海になるようなものだろう。
もしも北極海が凍結しない海になれば、ロシアの外交戦略に大転換が起きるであろうことと似ていた。
まさにそれほどの条件変化であるらしい。
「面を上げよ。話のあらましは信繁から聞いたが、そのようなこと、まことにできるのか?」
躑躅ヶ崎館に戻ってすぐに武田信玄と会うことになった。
アポ無しだったが信玄弟の信繁が無理やりねじ込んだ模様。
それで広間に直行ですぐに会見がはじまる。
ちなみにだが、俺に同行して信玄と会見することに難色を示したお市には、
「お前の兄の敵となりうる男を見ておかなくていいのか?」と囁いたら即落ちした。
……チョロい。
「まことで御座います。
この甲斐風土病のからくりと原因はすでに唐天竺において解明されておりまする」
俺はええ加減な嘘八百を並べ立てた。
話の内容自体は間違っていないから嘘ではないが。
「して、この病の因は何なのだ?」
「はい。目には見えない微小な生物によって引き起こされるものに御座います」
「それはまた。にわかには信じられんが……」
信じがたいといった表情で感想を口にする信玄に俺は話を続ける。
「水に入った者だけが病にかかりますことから、『水』に何らかの原因があると類推することができまする。
しかも、釜無川と笛吹川に囲まれた三角地帯が主な罹病地域であることからみて、『水』そのものではなく水の中にいる何かであると結論付けることは誤りではないと」
要は、ブラックボックスの中の回路が分からなくても、ブラックボックスの入出力がはっきりすれば因果関係が明確になるのに似ていた。
「して、その微小な生物によって病が引き起こされると言うのだな?」
「左様に御座りまする。
唐天竺の医術ではこの微生物は川の貝に寄生することがわかっておりますので、この貝を根絶やしにすれば甲斐の風土病は消えてなくなるかと」
「ではどのようにすればよい?」
俺は信玄の問いに答えて対策を出す。
一、蛍の幼虫とアヒルを川に放つ
一、大量の生石灰を川に撒く
一、ローマ式コンクリートで水路の流速を調整
「ですが、手っ取り早いのは水田を潰すことです。
さすれば貝の生息域は減少して良い結果に繋がりましょう」
当然俺のこの意見には信玄も反対した。
「田を無くせば年貢米が減る」
「だからこその信濃。ではありませぬか?
そして潰した水田跡には麦や陸稲、葡萄などを植えてしまうのです。
南蛮人は麦や葡萄から作った酒を大層好むので、それを作って南蛮人に売り捌けば利益が生まれまする」
「ううむ」
「それと、米の収穫高を上げる手っ取り早い方法が御座います」
考え込む信玄に俺は駄目押しとして、俺は塩水選の手法を話す。
「しかしそれをやるとなると大量の塩が入り用になるであろうな」
「ですので駿河、遠江、越後から安値で塩を入れさせていただきます。
さすれば武田、今川、長尾共に三方一両得となりましょう」
「ほう。三方一両得か。これはいい。それでいくことにしよう」
信玄は満足気に笑うと、雰囲気を改めてから俺を見た。
異様な迫力を持った雰囲気が吹き飛んで気取らない感じとなる。
そうしてから信玄は口を開いた。
「安倍殿。
新羅三郎義光公の頃より我ら甲斐源氏は甲斐の病に苦しめられてきた。
正直に申さば、我らは甲斐を恐れ憎んでさえいる。
こんな国に居たくない、京へなりとも出ていきたいと思うことも度々で、我らの他国への欲もそれがため。
だが、それもこれからは変わるだろう。
……甲斐の民に成り代わって礼を言う」
上座に座る信玄が脇息をどかして畳に着座して俺に平伏する。
と、それを見て武田家臣からどよめきが起こった。
「と、殿」
「止めるな昌景。これはそれほどのことだ」
その姿に感じ入った家臣が一人、また一人ともらい泣きをはじめ、次々と畳に伏していく。
その様子を前にしてはさすがのお市も涙ぐむ。
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その頃、地球の裏側のパリではとある貴族、ガスパール・ド・コリニー提督の邸に一人の商人が訪ねて来ていた。
家令が主の元へ客を案内する。
「閣下、お呼びとのことですが、何用で御座いましょうか?」
「他人行儀だなルイーズ、従兄弟なのだからガスで良いんだぞ」
「いえ、モンモランシーの家名を捨てた私には閣下をガスと呼ぶことは叶いません。
今の私はユグノー派のただの商人、アントワーヌ・レグノウに御座いますれば」
この彼女の発言を聞いて貴族は「ふう」と息を吐いて答える。
「わかった。いいだろう。ルイーズ、否、アントワーヌ」
「はいなんなりと」
「お前には東方の交易路を開拓してもらいたい。船は用意してある」
コリニー提督の言にアントワーヌが目を見開いた。
「では?」
「そうだ。フランスをハプスブルクとローマの手から守る。
フランスは我らガリア=フランクのものだ。
そのためにユグノーは力を付けねばならない。
従うべきは聖書のみ。それ以外のものに口出しはさせぬ」
「閣下の命に従います」
アントワーヌが膝まづいて言うと、コリニーは一つ咳ばらいを入れて言った。
「船はルアーブルだ。荷と軍資金は積み込んである」
「提督閣下、ただちに向かいます」
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