第76話太郎、日本へ帰る
イスタンブールを出たジェノバ船はアッコを経由したのち、ナイル河を遡上してカイロの岸壁に接舷した。
ここで俺達はジェノバ船に別れを告げてスエズ港へと向かう運河の川船に乗り換える。
当初は地中海沿いのダミエッタで下船してスエズまで陸路を移動しようかとも考えたが、お市が暑さに参っている様子だったのでそれは止めにする。
カイロとスエズを結ぶ運河の旅はどうということもなく過ぎ、スエズからジョホール王国へと向かうイスラム商人の船に乗せてもらうことができた。
スマトラ島のアチェ王国を右手に見ながら船はマラッカ海峡へと進んで行く。
左手にマレー半島が見えてくるようになるとポルトガル領マラッカはもうすぐだ。
目的地のジョホール王国はポルトガルに王都マラッカを奪われたマラッカ王国がジョホールに遷都して出来た国である。
この時の敗戦は華僑がポルトガルに内通していたのが大きいそうだ。
「……これは使えるな」
船上でイスラム商人の説明を聞いて俺はほくそ笑む。
♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡
「この先へ向かう船を探しているんだが、誰かいないか?」
ジョホールの港で船を当たっているとブルネイからルソンへ向かう船があった。
「その先まで行ってくれないか?」
「……儲けになるなら引き受けてもいい」
やや値踏みするような視線が俺に向けられる。
「これはどうだろうか?」
俺はインベントリから日本刀をさり気なく取り出すと、船主の手に握らせた。
船長は鞘から抜くとその刃紋をまじまじと見つめる。
「いいな。俺は基本的に武器を扱わないが、これは品目に加えたい」
「話に乗ってくれて助かる」
「だがどうやって行くのだ。大陸沿岸を回っているのでは日数がかかるぞ」
船長は俺に懸念事項を伝えてくる。
「大丈夫だ。潮に乗ってあっという間にたどり着ける航路がある。
外洋を進むことになるが、天測で記録は付けられるか?」
「それは問題ない。ウチには腕のいい航海士が居るから大丈夫だ。
一度教えてもらえれば、次からは訳なくたどり着いてみせる」
「よろしく頼む」
「ああ。任せておけ」
俺の言葉に船長は笑顔で応えた。
♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡
ブルネイに寄った船はルソンを経由して太平洋へと乗り出した。
この先は彼らイスラム商人にとって未知の航路となるため、船乗りたちには緊張がある。
そんな中、船の航海士は注意深く空を見上げていた。
「確かに潮が早いな」
そう言いながら船長が舷側に立つ俺に話しかけてくる。
「……それにしてもブルネイで黒い水を積むとは思わなかったぞ」
「次に泊まる港ではあれが売れるからな」
「そうなのか?」
船長の問いに俺は頷いてみせる。
黒い水、原油には色々と使い道がある。
偶然にも安値で手に入る伝手ができたのは僥倖だった。
そうして海上での日々を過ごすうちに富士山が見えてくる。
「あれが目印となる山、富士山だ。憶えておいてくれ。
山の左側あたりに湾がある。そこの入り江奥にあるのが清水の湊だ」
「おお、これはいいな。実に分かりやすい」
船長が航海士に目を向けると、航海士はちゃんと記録を取ってあるという風に首肯して応える。
港へと近づくにつれ、赤鳥紋の西洋船が増えていった。
どうやら今川家は順調に海商王国への道をひた走っているらしい。
「御屋形様がお待ちです」
清水湊で荷下ろしをしていると、城から使い番がやってきてそう告げた。
「了解した」
俺が使者に応諾したと告げると、ルイーズも城へ同行するという。
「フランス公使としての仕事があるからね」
どうやら彼女は不在中の仕事が溜まっているのを気にしているようだ。
「おお、待っていたぞ太郎。二年ぶりだな!」
「は。氏真殿も御壮健そうでなにより」
久方ぶりに会った氏真は日に焼けて何やらサーファーのようだった。
聞けばサーフィンの魅力に取りつかれてしまったらしい。
軍事教練と称して夏はサーフィンとサッカーに明け暮れて、冬はサッカーに明け暮れる。
お陰で今川家の海軍力は強化されている模様。
「それで此度は南蛮の馬を持ち帰ったと聞いたぞ」
目録を受け取りながら氏真が問う。
「ああ、南蛮の白馬九頭だ。牡馬三頭に牝馬六頭という組み合わせになる」
俺の説明に氏真は思案顔となる。
「どういう取り合わせであろうの?」
「牡馬三頭については説明は不要だろうから省略するが、種馬だ。
牝馬三頭は牡馬との子を産ませる。残りの三頭には日本の馬との子を産ませたい」
「南蛮の馬を増やしつつ……ということか」
「そういうことになる。
今回持ってきたペルシュロンという馬は鈍重だが頑丈で大人しい、軍馬に向いた馬だ。
これを増やせば今川家騎兵隊の戦力向上にも繋がるだろう」
……その後も話し合いは続き、ブルネイの原油を今川家が定期的にイスラム商人から買うことなどが決まった。
正直言って、相良油田のことは意図的に隠してあるので、ブルネイからの原油調達が可能となったのは大きい。
燃料以外の使い道もあるからな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます