第24話幼女化信長=織田ろり長?



春日山での用が済んだ俺は急ぎ静岡へ駆け戻る。

さっさと帰らないといけない俺としてはお市を駅弁で抱え込んで走ろうとしたのだが、断固拒否されてしまった。

仕方がないから背負い紐で西洋甲冑フルアーマーのお市を背中に乗せる。


「そんないやらしい格好でいられるか!」


「急いでいるんだから仕方ないだろ?」


「そのお姫様だっことかいうのもやめろ!!」


そんな口論の末、背中に負ぶることが決まったのだが、走り出すとやっぱりお市が耳元で絶叫を上げた。


「うわぁぁぁぁぁぁぁ! か、川の上ッ!!」


「大丈夫だ。安心しろ。

 秒速42メートルで水の上を走れば絶対に沈まない」


「お前っ、何を言ってるッ!?」


「……がっ、崖っ!!」


「五月蠅い。黙ってろ。舌を噛むぞ」


背中から響くお市の絶叫を無視して切り立った崖を駆け下りると勢いよく水に足を叩きつけてそのままダッシュ。

ハイドロプレーン現象を利用して川の上を全力疾走する。

チートするために知識はあると言ったのは誰だろう。


諏訪湖の先で釜無川の源流を遡ると南アルプスの尾根に出る。

尾根上に続く小道を人の気配を避けながら更に走った。

もうその頃には背中のお市も大人しくなっていたので心置きなく全力を出せる。

昼過ぎには難なく安倍の大滝に着いた。尾根道は走り易い。

適当な辺りに腰を下ろして背負い紐を解くとお市が気絶していた。

口から「きゅう」とかわいらしい音を出して目を回すお市に活を入れる。


「ぅぅん……」


「目が覚めたか、アンジェリカ」


俺の声で我に返ったお市が辺りを見回す。

見回す。

見回して俺を睨んだ。


ばっちーん!


いきなり俺の頬を張ってお市が物陰に走る。

俺は呆気に取られてそれを見送った。


「……なんなんだ一体」


握り飯を頬張りながらお市を待つが一向に戻ってこない。

待ちきれなくなった俺は気配遮断でお市がいるであろう場所に向かうとすぐに見つけることができた。


しゃがみ込んだお市の肩が震えている。

声を殺し、息を殺して両腕で自分の両肩を抱きしめて身じろぎすらしていない。

見たことを知られてしまわない方がいいと思った俺はその場を離れた。

しばらくしてお市が戻る。

戻ってきたお市は無言で両手を出し、俺の手から残りの握り飯を奪うとかぶり噛みついた。

音を立てずに咀嚼する。

握り飯にかぶりつくお市はどこか遠くを見つめていた。


飯を喰ったお市が瓢箪の水を口に含んでゆすぐ。

無言のまま顔を上げたお市はいつも通りのお市だった。


「静岡に戻るのだろう? 早くしろ」


「ああ」


俺の背中に飛び乗ったお市に背負い紐を回して括りつける。

何も言わすにお市は俺の体に腕と足を絡ませた。


「いくぞ」


「……」


周囲を確認して俺は地面を蹴ると景色があっという間に飛び去って行く。

しかしおかしなことに川の上というハイウェイをフルパワーで走ってもお市はもう騒がなかった。

夕方前には静岡に戻れたのでお市を伴って今川館へ挨拶に行き、事の顛末を氏真に報告しておく。



「おおっ、戻ったか太郎」


「ああ」


氏真の執務室に向かうと障子を開けて部屋の主が姿を現した。

こちらへ来いと氏真が手招きをする。


「それで首尾は?」


「悪くない。武田と長尾は乗り気だ。北条もそうだろう」


「これで一安心だな。

 武田が飯田街道から三河に攻め込んでくれれば、こちらは後顧の憂いなく引き篭もって居られる。

 いくさをしないで働かないで喰う飯ほど旨いものはない」


「そりゃそうだ」


「うむ。まったくだ」


満面に笑みを浮かべて氏真が心情を吐露した。

俺もその意見には同調する。

桶狭間以来燻っていた懸念材料が解決したせいで、俄然、活き活きとしてきた氏真には屈託がない。


……逆に信長は屈託だらけだろうがこっちにとっちゃ関係ない。


「まぁ、そういうわけなんで甲斐信濃に送る分も含めて塩水選用の塩も増産しておく必要がある」


「ああ、それはなんとかしておかなくてはな」


言いながら氏真が考える。


「それでこの後は如何すればいいと思案する?」


「それなんだが氏真、ちょっと紹介状書いてくんないか?」


「それはいいが、太郎。

 紹介状なんかを持ってどうする? ナニする?」


「堺と博多に行ってこようかと思ってる。南蛮の商人に渡りをつけたいからな。

 それから、行く途中で病気で体を壊している龍の治療に寄るつもりだ」


「龍……?」


意味が分からないといった氏真に俺は「そうだ、龍だ」と伝えておく。



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信長は夢を見ていた。

夢の中で信長はキンカンなる男を足で蹴り、もとどりを掴んで引きずり回す。

大広間でふるわれる暴力を固唾を呑んで見守る家臣たち。

信長の暴行を止めようとする者はどこにもいない。

誰もが主君の信長に恐懼し、敬っていた。


ゲシゲシという骨が骨を撃つ音が響き渡り、やがてその中に不穏な音色が混じり始めていく。

そんな中で行われる暴行が己に向かわないことを祈る家臣達はただ黙って下を向いて俯くしかなかった。

信長の足がキンカンを打擲する音は徐々に大きくなっていく。

夢の中の自分が酷い焦燥を抱え込んで爆発寸前であることに信長は気付いた。

そしてそういった不満の捌け口となっていたのがキンカンであることも。


「……これはさすがにひどい」


夢を見ている信長自身がそう思い始めた頃には夢の中のキンカンという男は死にかけていた。


だが、誰にも信長は止められない。


万座の皆がキンカンの死を覚悟した瞬間に変化は起こった。

黒騎士が信長の前に現れる。


「このっ、黒騎士めが!!」


咄嗟に信長は黒騎士に斬りつけようと動いたが、夢の中の自分がその意志にに応えることはなかった。

黒騎士が白い宝珠を右手に掲げてその先を信長に向けるとその瞬間、まばゆい光が信長を包み込む。

光の中で信長はおのれ自身が内側から無理やりに作り替えられていくことに恐怖を感じていた。


光が薄れていく。

その時、夢の中の信長は金髪縦ロールの童女になっていた。


「こにょっ! こにょっ!!」


キンカンと呼び捨てにした家臣を足蹴にして出る音が柔らかいものに変わる。

舌ったらずの幼い口から溢れ出る罵声はキンカンの表情を苦悶から陶酔へと変えていった。

苦悶の表情が消えたキンカンの顔にはとろけるような微笑が芽生え、その口からはうっとりとした吐息が漏れだす。


「あぁんっ。もっと……もっとぉ」


崇拝の入り混じった顔でキンカンが信長に懇願した次の瞬間、信長の足がキンカンの顔に当たった。

するとキンカンは何の躊躇いもなく両手で信長の足を掴むと、その幼女の指をねっとりとなめ始めた。

ぴちゃぴちゃという水音が大広間に鳴り響く。

誰かが「うらやましい」とつぶやいた。

思わず声の主を確認する。


柴田勝家だった。


「お信様っ……!!!」


勝家の視線に危険なものを感じた信長は気づかれないように距離を取る。

家臣の誰もが夢の中の信長に踏まれたいという気持ちを前面に出してきていた。

童女信長となる前ならば想像すらできない事態を状況を目にして信長は衝撃を受ける。


「な、なんだこれはっ……!!」


夢の中で絶句する信長であったが、黒騎士によって童女にされる前と比べると、家中の雰囲気は一変していることは認めざるおえなかった。

信長に暴力を振るわれるたびに「ご褒美ありがとうございます」と家臣が喜ぶのだ。

何かやらかすたび、家臣達はロリータ信長を生温かい目で見守ってくれるのである。


それどころか、「信長は俺の嫁」宣言する家臣まで出てくる始末。

さすがにそれを面と向かって言われた時にはキレて手討ちにしたのだが、非力な幼女の悲しさよ、刀で打ちかかってもぽよんと当たって跳ね返るだけでしかなかった。


唯一の救いは家中が明るい事である。


「お市様は居なくなられたが、代わりにお信様が来て下された」


こうやって家臣領民に慕われるようになったロリータ信長、ロリ長はやがて婿を迎える日を迎えた。

初めての夜に婿殿がロリ長の上へ覆いかぶさり、背中に腕を回して抱き寄せる。

桜色に綻んだ唇に婿殿の目が釘付けとなって……


「わあああああああっ!!」


信長はおのれの絶叫で目が覚めた。


胸が高鳴っているのはあまりの恐怖によってか、婿に抱かれる期待と不安によるものなのか……?


そんな疑問に駆られた信長は、ふと、有るべきものが無い感覚と無いべきものが有る感覚に気付いてしまった。

おそるおそる帯を解いて下半身を覗き込む。……あった。


安堵した瞬間、信長は恐怖した。


「有る」ことは目で見て手で触る限りでは、「有る」と確認できるのに、体内感覚としては「無い」ことを確認しているのである。


そして、信長はこんらんしている……!


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