第80話太郎、収穫する



1563年も秋に入った。

第二次英仏戦争も一進一退を繰り返す安定した状態となり、ユグノー側には大きな動きは無い。

そんな中、シャルル九世とローマ法王の勅許状を持ったフランス船団がついに清水湊へ入ったとの連絡がルイーズよりもたらされた。


「ルイーズ、ひと月ほどしたら船を一隻こちらへ回してくれないか」


「それはいいけれど、何処へ向かえばいいの?」


「津軽海峡を抜けて半島沿いに南下した先にある鯵ヶ沢湊に来てくれ。積み荷はそれまでに準備しておく」


「……わかったわ」


ルイーズとの回線を切った俺は氏真に繋ぐとすぐに応答があった。


「久しぶりだな!」


「すまない。ちょっと手が離せなかったものでな」


これまでの成り行きを説明すると、氏真は驚いたようにかぶりを振る。


「南部家の一門との繋がりができたとはな。甲斐武田の枝分かれで元は南朝方だったか」


「偶然だがな。

 ……それはそうと頼みがある。ルイーズにフランス船を回してもらうから、積み込んだ荷を受け取ってほしい。

 俺もついて行くから細かな話は静岡でしよう」


「了解した。ではまた」


「さあ、これからだ」


氏真との話を終えて俺はひとりごちる。

そして翌朝から収穫が始まった。


土の中から引き抜かれたサトウダイコンが荷車へと運ばれていく。一町先では食用鬼灯の収穫だ。

芋類は山となって積み上がり、バラバラにされたトウモロコシの実が天日干しにされている。

干しシイタケはフィリーの魔法でチートをした。これで来季の収益はさらに増えるだろう。


「おお、やっているな」


笑みを浮かべて為信がやってくる。


山と積まれた干しシイタケに目を白黒させる為信に俺は言った。


「まだこれからだ」


「ほほう。まだ何かあるのか」


興味深げな為信を連れて大鍋の有る小屋に向かう。

そこでは煮立ち湯がぐつぐつと煮えていた。


「これは?」


為信の問いに俺は動作で答える。

サトウダイコンを薄切りにして次々と鍋に放り込んでいくのだ。

やがて周囲に甘い香りが漂いだす。


「食べてみてくれ」


鍋の中の一切れを箸で摘まみ、眼前に差し出すと、為信はおっかなびっくり口に含んでみせた。

やがて眼を見開くと「ふぅ」とため息を吐く。


「……甘いな」


「これを煮詰めて砂糖にし、京の都に持って行って売りたいと思う」


都の話が出たことに為信は困惑した。


「なんぞ伝手でもあるのか?」


「無くはない。まあ見ててくれ」



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「来たわよ! 太郎!!」


鯵ヶ沢湊に着いたラ・ドーフィネ号から真っ先に下船したのはルイーズだった。


「公使の仕事はどうした?」


「そんなの正式の公使が来たから、お払い箱にきまってるじゃない。

 これで私も一介の交易商人に戻れるわ。世界を股にかけての御金儲けよ!!」


「お久し振りです、ルイーズ御姉様」


鼻息の荒いルイーズにお市が駆け寄って抱き合う。

十五歳の少女と二十歳過ぎの女が抱き合う姿はまるで姉妹のようにみえる。

旧交を温めた二人を連れて今回の荷主となる為信に引き合わせた。


「ルイーズ、これからこの鯵ヶ沢では弥四郎殿の荷を扱ってくれないか」


「ヤシロー殿……ふぅん。太郎が入れあげているのはこの娘なんだ」


「何か勘違いしているようだから訂正しておくがこの男の娘は男だぞ?」


「むぅ……何やら不穏なことを言うておるようだが、聞かなかったことにする」


俺のイントネーションから真意を察した為信は押し黙る。


「ま、まぁ。とりあえず荷を積んでくれ」


「……逃げたわね」


「……逃げましたわ」


ルイーズとお市が顔を寄せ合ってささやき合う。

ともあれ三日後には荷を詰めるだけ詰め込んでラ・ドーフィネ号は駿河へと向かった。

今回の主力商品は砂糖とイワシの焼干しに干しトウモロコシである。

足の早い鬼灯の果物は俺のインベントリに放り込んでおいた。帝には新鮮な生を献上したい。

そんな理由から今回も微妙にチートを使うことにした。フィリーに頼んでの風魔法で船足を上げて高速移動である。

一日百キロ以上の移動距離で十日もかけずに清水湊へたどり着いた時には、ルイーズ以下乗組員一同が信じられないという表情をしていた。



「……それで今回はこれらを献上したいということだな」


執務机の上に広げられた献上品の数々を前にして、氏真が確認をする。

氏真の執務室にはマントルピースがあり、造りは完全に西洋館となっていた。

椅子から身を乗り出してサンプルを口に入れる。


「……これはイワシの焼干しか。前回同様、苦味が無く上品な味わいであるな。

 それで、これが鬼灯……面白い味わいだ。強い甘みがあるが、同時にほのかな苦みもある。

 かすかな苦味が甘味を引き立たたせているのか。これはいい。太郎が帝に献上したいという気持ちもわかる」


そこで言葉を切ると氏真は砂糖の山へと手を伸ばした。

指で掬って口に含む。その仕草は麻薬の売人が取引の際に行う行為をやはり俺に思い起こさせた。


「砂糖か……だが、何処の砂糖だ?

 薩摩のそれではないな。琉球でもなかろう。一体何処で作られたものだ?」


氏真が訝し気に問う。


「俺の地元で作った。原料はサトウキビではない」


「どうやって? ……いや、それを聞いても愚問ではあるな。

 これを持ってきたということはどうにかして売りたいということだな?」


「勧修寺家の伝手を借りたい」


「いいだろう。俺と太郎の間のことだからそれはいい」


「……だが、大浦家とはそうはいかない」


「そういうことだ」


「鉄砲と玉薬を売ってほしい。代金は売上との相殺で頼む。本当は鉄砲鍛冶も借り受けたいところだがな」


「……ふ。お前のことだ、もう硝石の製造には手を染めているのだろう?

 鉄砲鍛冶の話は今回は聞かなかったことにしておく。その話はまた今度だ」


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