第50話今川プロイセン同盟



ざっと走らせてみた結果、脱落者は出なかったのは流石だろう。

三十年前までは騎士団領だっただけのことはあるようだ。

家事仕事も学業も最後は体力勝負という考え方が根付いているというのがプロイセン公アルブレヒトの弁である。

戻ってきた面々にラジオ体操を教えて体調を整えさせている間に、テーブルを用意してその上に木刀をずらりと並べていく。

木刀を娘たち全員に行き渡らせると、距離を置いて正方形に整列させて俺はその正面に立つ。


「では次は素振りだ。木刀を両手で持って、こう振り下ろす。やってみろ」


見よう見まねで貴族令嬢達が木刀の素振りを始めた。


「腹の底から声を出せ! 声が力となる!」


「イャアアアアアアア!」


エリーザベトが絶叫しながら木刀を振り下ろす。

最初のうちはためらいがちだった貴族の令嬢達も公女エリーザベトの絶叫に押されて次第に声を上げ始めた。


「キェェェェッ!」


「アッーーー!!」


思い思いに声を張り上げて木刀を振るいだす娘達の剣先に次第に熱が籠りだす。


「何も考えるな! 剣は手足だ! 一心不乱となれ!!」


筋肉痛ギリギリの境目を測りつつ令嬢らの素振りを見ていると、徐々に剣先の軌道が安定してきているのが分かった。

素振りの意味は剣を振るう筋力をつけることにある。

それは同時に一撃を入れた時の反動に耐えられるだけの腕力を鍛えることでもあるのだ。

軌道の安定具合でそれを推し量ることができる。

彼女たちに西洋の両手剣は重すぎて無理だろう。

それに、もうすぐ鉄砲が戦いに主流になるのだから、対プレートアーマーは考える必要が薄れていく。

それらを考慮して西洋剣ではなく刀を選んだ。無論、ビジネスチャンスの拡大の意図もある。


「よし。もういいぞ。着替えたら休憩して昼を摂れ。午後は座学だ」


令嬢達の疲労具合を見計らって終了を告げた。

大きな息を吐いて娘達は立ち上がると、夫々の従者とともに城内へ入っていく。



午後の座学にはプロイセン公や手の空いた騎士達も参加した。

今日の御題は日本刀の製造法と武士道である。

最前列に陣取った公が今か今かと講義の開始を待ちわびていて落ち着きがない。


「では、座学を始める」


「ダー! センセイ!!」


公女エリーザベトの号令の下、起立、一礼した受講者が着席する。


「……日本には優良な鉄鉱石が乏しいことから発達した製鉄法が日本刀の元にある。

 砂鉄を溶かして鋳型に流し込んで形を作るのだ。

 そこから後はハンマーでひたすら叩いて鍛え上げ、鋼に作り上げる。

 日ノ本の言葉で『叩き上げ』と謂うのはこの工程に由来したものだ」


「なんとまぁ……」


誰かが呆れたような声を漏らした。


「砂鉄しか採れないのだからこうするより他に鋼を得る道がなかったがための製鉄法だな。

 そしてこれがあったからこその日本刀でもある」


「センセイ! ヤーパンにはブシドーなるものがあると聞きましたがそれはどんなものですか!」


手を挙げてエリザベート問う。

俺は頷いてそれに応えた。


「うむ。ヨーロッパに騎士道があるように日ノ本には武士道がある。

 では武士とはなにかというと、カイザーより委ねられた土地を命に懸けて守る者のことだ。

 武士は侍とも言うが、これは さぶらう=近侍することから来ている。

 Knightがnightに由来するようにな」


「では、ヤーパンではカイザーが政治の最高権力者なのですか?」


別の処から質問が上がる。

質問の主はだれであろうか見てみると、一人の貴族令嬢だった。


「いや、日本ではカイザーは政権を執られない」


「ではどうやってまつりごとが行われているのです」


驚きつつもこの令嬢は更に問いを発してくる。


「日本における政治は武士が行う。

 カイザーより大権を委ねられた武士の棟梁が世襲で政府を主催してまつりごとを取り仕切る。

 これを幕府政治という」


「……わかりません。ではカイザーは何のために居るのですか?」


彼女は困惑を深めた顔でみたび訊いた。


「カイザーはこの地上の万民の平安を神に祈っておられる。

 幕府が立ち行かなくなり、力ある者が既存の幕府を倒して政権を得た時にはその者に大権を委ねて祈りに戻るのだ。

 そして国難有る時には、すべての武士がカイザーの下に結集して外敵と戦う。そう、ワールシュタットの戦いのように」


「なんというべきか……。ヤーパンのカイザーとはローマ教皇の如きものだとはな」


プロイセン公がぼそっと漏らす。

その声に微かな憂いを感じた俺はことさらに明るく言った。


「似ているといえば、似ていますが、違う点が一つだけありますから全くの別物であると」


「ほう。それはなんであろう?」


「日ノ本のカイザーはローマ教皇と違って、そんなにカネを持ってはおりません」


「なるほど!」


公が破顔大笑すると、釣られて他の者も笑い出す。


「なるほど! それは実に大きな違いであるな!!」


「左様。左様。まことヤーパンのカイザーはプレスタージョンのようですな」


一同がひとしきり笑い終えた頃合いを見て、俺は講義を再開した。

武士の成り立ちの経緯を説明したので、次は武士の心情についてだ。

平家物語、敦盛最期のくだりを口演してみせる。


「敵とはいえ未だ若い敦盛を助けようと思う熊谷次郎直実。

 手柄首だ、くれてやろうと自らの首を差し出す平敦盛。

 いくさの習いとはいえ、泣く泣く敦盛の首を取る直実。

 ここに日ノ本の武士の生き様が現れている」


そう締めくくると聴衆は感涙にむせび泣いていた。

女子陣などは声を上げて泣いている。

その様子を見ていた臣下の騎士が意を決したように立ち上がり、プロイセン公に意見具申をした。


「畏れながら申し上げます。

 ヤーパンの武士とはモンゴリアの者共と似ても似つかぬ者達と見受けられまする

 ここはひとつ誼を通じておくべきかと」


臣下からの提言に耳を傾けたプロイセン公アルブレヒトは居住まいを正して皆に問いかける。


「その方らはどう思われる? 誼を通じるべきであろうや?」


この問いに満座の皆が異存はないと答えた。


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