第49話プロイセン公国女騎士隊ブートキャンプ
「驚きの連続で自己紹介と挨拶を交わすのを忘れてしまっていた。申し訳ない」
プロイセン公アルブレヒト・フォン・ブランデンブルク=アンスバッハが非礼を詫びると、
娘のエリーザベトと弟のアルブレヒト・フリードリヒも同時に謝罪を口にした。
「いえ、こちらこそ、うっかりしてしまい。失礼をば致しました」
「では改めて太郎殿。私はアルブレヒト・フォン・ブランデンブルク=アンスバッハ。プロイセン公だ。
こちらは娘のエリーザベト・ホーエンツォレルンと息子のアルブレヒト・フリードリヒ・ホーエンツォレルン。
我が城へわざわざ出向いていただいたことに感謝する」
そう言って公が一礼したので答礼を返す。
「私は駿河の国は今川家の客で
駿河の国はこの大陸を東の果てまで行ったシナから海を渡った先、日ノ本というところにある国にございます。
今回お譲りしました刀剣武具は日ノ本の産であります」
「……なんと!」
「そんな遠くから!?」
プロイセン公親子から驚きの声が上がった。
お付きの護衛騎士たちも仰天している。
「こちらに居りますは私の護衛を勤める騎士のアンジェリカ。
日ノ本よりも北に在るプレスタージョンの王国の貴族の姫にございます」
この説明にお市はむっつりした顔で頷いた。
ルイーズは白けた顔で俺を睨んでいる。
その顔にはこう書いてあった――「アルフヘイムはどうなった?」と。
「……貴族の姫で騎士。
姫騎士アンジェリカ様……素敵」
うっとりとした表情でエリーザベトがお市を見る。
その頬は上気して熱っぽい感じがした。
「……信じられん。プレスタージョンの王国が実在したとは」
何やら考え込むような仕草でプロイセン公が黙り込む。
プレスタージョンの王国はヨーロッパに伝わる伝説だ。
世界の東の果てに敬虔なキリスト教徒の王、プレスタージョンに率いられた強力な王国が存在していて、
いつの日にか、イスラムの脅威に曝される欧州のキリスト教徒を救うために軍勢を発して駆けつけてきてくれるという妄想である。
「……この詐欺師」
ルイーズが俺の耳元でつぶやいた。
「それで次はこいつだな」
俺が促すとルイーズが声を上げる。
「私はアントワーヌ・レグノウ。フランスはユグノーの商人にございます」
胸を張って答えたルイーズに俺は突っ込みを入れた。
「それだけじゃないだろう」
「……ルイーズ・ド・モンモランシー」
渋々といった風でルイーズが付け加える。
プロイセン公がこれにすぐさま反応した。
「モンモランシー公爵家の方でしたか。
ですが、モンモランシー公爵家はカトリックではなかったですかな?」
「いえ、叔父のガスパール・ド・コリニーがユグノーですので」
「その縁でユグノーに」
「はい。そうです。
ユグノーとなった私はモンモランシーの家とは何の関係もありません」
「なるほど、あのコリニー提督の姪御さんでしたか」
しばし二人は貴族同士の会話で盛り上がっていたが、我に返ったプロイセン公が俺に話を振ってきた。
「飼料用のビートは好きなだけ持っていくといい。
だが、それだけでは、今回の件の代価としては安すぎる。
何か望みはないだろうか?」
「では、これからも末永いお付き会いをお願いしたく思います」
「それが代価か……。面白い。
目先の利益を追わずに先々の付き合いを求める。
気に入った。これからもよろしく頼む」
俺とプロイセン公が握手を交わして商談を終えると、待ってましたとばかりにエリーザベトが父にねだる。
「父上、わたくしも騎士になりとうございます」
「エリーゼ。女子(おなご)は騎士にはなれないのだ」
渋い顔でプロイセン公が娘にダメだと言う。
「どうしてでございますか」
「エリー。女の祖であるエバはアダムの肋骨から生まれたのだ。
おなごは男の世界に出しゃばってはいけないのだよ」
なだめ諭す父に娘は反発するしかない。
「あら、そうなんですか。
ですが、プレスタージョンの王国にはアンジェリカ様のように女の騎士がいるようですね。
プレスタージョンは神への信仰心篤いお方と聞いておりますけど、どうして彼の国では良くて我が国では駄目なのですか?
もしかして彼の国の王は神に背いた不信心者なのでしょうか?」
愛する娘にこう問い詰められてはさすがのプロイセン公も言葉に詰まるしかない。
恨めし気にこちらを見ると溜息を吐いた。
お市は俺を睨んでいる。
「はぁ……。そうまで言われては仕方がない。
エリーゼ。騎士となるならしっかり励んで貰うぞ。
アンジェリカ殿。娘をお願いする」
言外に「お前達のせいだからな。責任とれよ」という思いを込めてプロイセン公が頼んだ。
迷惑そうに俺を睨んでから、お市が了承を告げる。
そして翌日からエリーザベト姫の騎士修行がはじまった。
ずらっと整列した一同を前にして俺はため息をつく。
公女エリーザベトの騎士修行の噂を聞いて女騎士志願の貴族の娘たちが幾人も名乗りを上げたのだ。
「どうするのだ。これ?」
小声でお市が聞いてくる。
「もう、こうなったらやるしかないだろう」
「……責任は取れんからな」
二人してひそひそ話をしていると、公女エリーザベトが娘たちを代表して前に出る。
「ではよろしくお願いします。マスター」
「おう。任せとけ」
マスターと呼ばれて、異世界時代のことを思い出した俺は変なスイッチが入り、思わず余計なことを口走ってしまった。
俺は改めて彼女たちを一瞥をくれる。
さすがに騎士志願なだけあって、この場に集合した全員が動ける服装をしていた。
ドレス姿でのこのこやって来るような粗忽者は一人もいない。
「では、手始めに訓練場の内周を駆け足で四十周して貰おうか。
途中で走れなくなったら歩いてもいいぞ。順位をつけるわけではないからな。
だが、絶対に足は止めるな。
立ち止まった者はあそこだ」
そう言って門外を指さすと貴族令嬢達の顔つきが一変した。
落第、即退場であることを理解したのだろう。
「でははじめ!」
俺の号令の下、娘たちは降り積もった雪の中を一斉に駆けだした。
貴族娘たちの足によって、見る見るうちに新雪の藪が踏み固められていく。
「立ち止まるな! 動き続けろ!」
雪の上でスリップした令嬢が転倒した。
「転んでも気にするな! 歩いても構わない! 立ち上がれ!」
「ダー! センセイ!!」
意を決して令嬢が立ち上がる。
再び駆けだした令嬢に俺は檄を飛ばす。
「雪との噛み合わせに気を付けて全力疾走だ! 転ぶなよ!」
何週もするうちに上気してきた娘達は汗を掻き始めた。
バテててきて歩き気味になっている者もいる。
俺はそんな奴らに声を掛けた。
「ただ歩いてばかりだと身体が冷えて風邪をひくぞ! 小走りでもいいから体温を上げる努力をしろ!」
ダラダラ歩きになりかけていた連中が俺の指摘で我に返り、ぽつぽつと小走りになりはじめる。
「冬の運動は寒さとの戦いだ! 汗を掻けば身体が冷える!
風邪をひきたくないなら汗を掻き続けるしかない!」
「ダー! センセイ!!」
娘達が一斉に唱和して、女騎士養成ブートキャンプが始まった。
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