第64話開校!フランス忍者学校



「親父、すまねぇ!」


部屋の中では若い男が父親に詫びを入れている。

俺はそれを窓の外に貼り付いて観察していた。

ここはカトリック派首魁のギーズ公のパリ屋敷である。

見たところ、男は旧教徒の頭目たるフランソワ・ド・ギーズの息子のようだ。


「もういい。アンリ。押し入ってきた二人の賊にしてやられたか……」


「ああ、女の方は大したことはなかったが、男の方が手ごわかった」


「お前ほどの腕でもか……」


そこでフランソワ・ド・ギーズは考え込む。


「どうやら向こうには強敵がついているようだな」


「まさか、親父?」


「そうだ。その賊はおそらくユグノーの手の者であろう」


「だけど、コリニー提督に追われてたんだぜ」


「ふん。そんなもの、どうせ芝居であろう」


鼻を鳴らしてギーズ公は断言する。


「……だが、これは少々やっかいだな。

 確たる証拠がない限りはカトリック派内部に疑心暗鬼の種を蒔くことになる。

 仕方がない。しばらくは様子をみるか。

 ユグノーとの戦いはできるだけ長引かせる必要がある」




「やはり裏にはギーズ公がいたか……」


俺の報告にコリニー提督はそれだけ言うと考え込んだ。


「まぁ、いい。太郎殿。大変に助かった」


「それでこれからのことですが、人を少し貸して貰えませんか?」


「それはいいが、一体何かな?」


「提督直属の秘密部隊を作ったらどうかと思いまして」


「……ふむ。具体的にはどういったものだろうか?」


俺は提督の疑問に答えるが、要は忍者の養成である。

とはいえ、実際のモノを見せてみないと理解できないだろうから、実技展示会を翌日に開くことにした。



「殿、これは一体何用でしょうか」


呼び出されたラヴィニアはその用件が分からずコリニー提督に聞いた。

周囲にはお市とルイーズを除けばコリニー家が抱える私兵の指揮官クラスが揃っている。

それを見て、用事を言いつかった訳ではないラヴィニアは不審に思っていた。


「なに、太郎殿よりたっての希望があってな。それでその方を呼び出したというわけだ」


太郎の名が出たことにラヴィニアは眉を顰める。

するとそこへ黒装束に身を包んだ太郎が現れて言った。


「お前に技を教えてやろうというわけだ。……レイス」


ラヴィニアの耳元でそう囁くと彼女は硬直した。

バレていないとでも思っていたのだろうか。


こうして昼下がりに、パリのコリニー家パリ屋敷の中庭では関係者が集められた上で披露会とあいなった。

無論、実演者は俺である。


「ではこれより、東方に伝わるジャポンはニンジャの技の数々をお見せいたします」


俺の口上にお市とルイーズは胡散臭いものを見るような目つきをした。

それに構わず俺は忍者の技と自称したものを披露していく。

とはいえ、やっていることはパルクールである。

だが青森の大学にある忍者研究会でもやっていることだから問題はないはずだ。



「……とまあ、こんな感じで潜入工作員の養成をするのはいかがでしょうか?」


「だが、身軽な恰好となると携行できる武器の類も限られるのでは?」


提督の護衛隊長が問う。


「ええ、ですのでこのような得物を使います」


そう言って俺はテーブルの上にかけた布を取り払った。


「これらは……?」


「ジャポンのニンジャが携行する武器の一式にございます」


そう告げると提督以下、それぞれが興味深そうに手裏剣などを手にしていく。

忍者刀を足場に使った壁登りを披露すると感心することしきりである。


「直刀を足場にして這い上がるのか!」


「鞘と腰を紐で結んでおけば、壁を乗り越えた際に武器を失う心配もないということですな」


思いもよらない武器の活用法に軍人関係者は目から鱗が落ちたと言わんばかり。

そんな感じで途中から忍者武器の商談会となった。


「……というわけで閣下、ユグノー忍軍を作りません?」


「面白い。太郎殿、やろうではないか」


こうして俺のオファーは通り、フランス忍者の伝統は産声を上げたのである。

そしてこの流れはホーエンツォレルン家を通じて新教徒派のドイツ・プロイセンにも伝播し、二十一世紀にまで続くドイツ忍者の流れを誕生させることになった。

俺に無断で抜け駆けを行ったラヴィニアは罰として強制入学である。



「おらっ! 気を抜くなあっ!!」


ラヴィニア以外にも、コリニー家家中の若い侍女の中より志願者を募って、俺のニンジャ学校に放り込んだ。


「いいか! お前達は提督を警護する最後の盾だ!!

 侍女ともなれば敵も油断する! よって武装侍女は最強たらねばならんっ!! 走れぇっ!!」


「ウィ! センセイ!!」


俺は竹刀を手に少女達の後ろを走っては適宜その尻を叩いていく。

男のニンジャ候補生は羨ましそうに見ているが、女の尻を叩くことがそんなに面白いことであろうか? 俺には解せん。


「歩いてもいい。だが! 絶対に止まるな!!」


男の候補生はというと、年若い娘たちに良いところを見せようとしてオーバーペース気味だ。

嫁取りのチャンスだなどと安直に考えているのかもしれない。

もっと厳しく指導する必要があるだろう。


そして、夜。俺はラヴィニアと門の外で待ち合わせていた。

お市は同行を断ると言ったので俺は一人で待つ。


「遅いぞ」


「仕方がないだろう。お前がモンテーニュ家の姫などを連れ込んだせいだろうが」


エレオノール付きとなったラヴィニアが咎める俺に不満をぶつけてきた。


「あの方は親子ほども年の離れた閣下に懸想しておられるようで、始終閣下のことばかり聞いてくるのだ。

 それに付き合わされるこちらの身にもなってみろ。今だって抜け出すのに苦労したんだぞ」


「それは災難だったな」


俺が同情を示すとラヴィニアは鼻を鳴らして応える。


「それで今夜は何用だ。よもや私に惚れたとかではないだろうな?」


この発言を俺はスルーしてラヴィニアに地図を渡す。


「セーヌの生霊、レイス。お前の仕事だ」


「何がある?」


「そこの教会の神父が宗教紛争のどさくさ紛れに幼い少年を飼って性奴隷にしている。

 だからそいつをなんとかしたい」


「はぁ!? 意味が分からんぞ! 娘ではなく少年を性奴隷にだぁ!?」


「ばかっ、声が大きい!」


素っ頓狂な声を出す彼女の口を俺は慌てて封じた。


「すまん。だが、訳が分からないのは確かだ」


「仕方ない。理解できにくそうだから教えるが、カトリックでは聖職者が女色を戒めているな?」


「そうだ」


「だが、女装した少年と色事に耽ることは禁じられてはいない。

 禁じられているのはあくまでも女色だけだ」


「……!? ……!!」


俺の言葉に再び大声を上げそうになったラヴィニアの口を手で塞いで黙らせる。

これはこれでとんでもない解釈改憲だとは思うが、

戒律に書かれていない以上、禁じられてはいないというネガティブリスト的解釈では正解となるのは間違いない。

これは日本の仏教界においても同様だった。

恐らくは戒律策定者が常識的な異性愛者であったために起こった誤解なのだろう。

同性愛などというものは普通ありえないという先入観念に支配されていたから、

女色と同様に男色も禁ずる戒律をつくるべきという考えに至らなかったのだと思う。


「とにかく、そういう訳で少年愛にとち狂った神父が牛耳る教会を潰したい。

 同行者は俺だ。やってくれるよな?」


渋々といった感じでラヴィニアが同意したから早速出向くことにする。

俺はラヴィニアを白馬に乗せて先行させた。



「やめてくださいジョニーさんっ!」


無理やりウェディングドレスを着せられた幼い男の子が震えながらも声を出す。

それを見て、頭頂部を剃り上げた神父は涎を垂らしながら少年に近づいていく。


「い、いやです……こ、こんなことは許されませんっ……」


「おぅ! お前! 聖歌隊でセンターになりたくないんか!? おらぁっ!!」


十歳に満たない少年の腕を後ろ手に掴むと神父はその涎を少年の唇に垂らす。

男の子は身をよじって逃れようとするが、教会の坊主はもう一つの手で顎を掴んで動かないように固定した。

熱いベーゼが少年の唇に達しようかという時、ラヴィニアによってドアが蹴破られる。


「おらぁっ! 現行犯逮捕だ!!」


「ひっ! れ、レイスっ……!!」


脅えた神父の力が弱まった瞬間、くびきを脱した少年は脱兎のように駆け出してラヴィニアの後ろに隠れた。

俺はそれを見て、妙にウェディングドレスが似合っているなと場違いな感想を持つ。

神父に雇われた私兵が飛び出してきてラヴィニアを包囲するが彼女は難なく全員を制圧した。



「な、なにをする気だ……」


坊主のズボンを脱がしにかかる俺を見て男たちが悲鳴を上げる。

俺だって男の裸には興味がないというのにだ。

関係者全員の下半身を裸にしてロープで結わえると、教会の鐘楼から吊り下げておく。

あとは立て看板に罪状を書き連ねて地面に突き立てておいた。

翌朝になればその罪状が地域全体に広まることだろう。


そして、神父によって性のいけにえになろうとしていた少年は好都合なことにカトリックだった。

どういう経路でこの教会に飼われていたのかまでは興味はない。

しかし、この後も俺達の手によってカトリック坊主による少年愛の発覚が相次ぎ、フランス国内における旧教派の勢力は退潮していくことになる。


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