第68話フランス革命阻止作戦Ⅳ
「それはどういうことですか!?」
俺の言葉にシャルル九世は激越な反応を見せた。
「今から二百三十年後に起きる革命は現在から地続きの出来事なのだ」
ここで区切るとシャルル九世は続きを求める視線を向けてくる。
俺はそれに応えて言った。
「その時代は火山の噴火などの天変地異が相次く苦難の時代だった。
民は飢えに苦しんでいたが、財政が火の車となっていた王国政府にはどうすることもできない。
いや、方法が無かったわけではない」
「その方法とは?」
縋るようにシャルル九世が問う。
俺はわざと事もなげに言い放った。
「貴族と教会への恒常的課税である」
「……っ!」
国王としては思うところがあるのであろうか。シャルル九世は軽く息を呑む。
「だが、これは貴族やカトリックの坊主どもの猛反対により頓挫した。
そしてこれが直接的には革命の発火点になったと言っていい。
大貴族や坊主どもが保有する荘園に王の権利が及ばなかったがための悲劇だ。
もしも適正な課税ができていれば、飢えに苦しむ民を救い、フランスが混沌に呑まれるのを防げただろうに」
俺がそう告げるとシャルル九世は黙り込んだ。
現在の宮廷はカトリーヌとギーズ家によって牛耳を取られている。
王の親政など望むべくもなかった。
果たしてルイ十四世の治世は本当に絶対王政と呼べるのだろうか?
「課税は無理です……」
シャルル九世は肩を落としながらつぶやいた。
だが、すぐに別のことにも気づく。
「ですが、直接的な原因ということは潜在的な理由もあったのですね?」
「うむ。そうだ。革命の原因を財政赤字に求めるのは皮相的に過ぎる。
それは結果ではあっても原因ではない。根源は他にあるのだ」
「……わかりません。それは何ですか?」
暫し思案の後、逡巡しつつも判らないとシャルル九世は聞いてくる。
「それはお前達、歴代フランス王の心の中にこれからも巣食い続ける……」
「巣食い続ける……?」
オウム返しにシャルルが問う。
それに俺は答えてやった。
「根源的恐怖だ」
「根源的恐怖……」
胸に手を宛ててシャルルが考え込む。
フランス王にとっての根源的な恐怖とは何であるかを自問しているのだ。
ややあってから彼は言った。
そして肩をがっくりと落とす。
「……色々ありすぎてわかりません」
「わからないか?」
「はい」
申し訳なさそうにシャルルが頭を下げる。
「では、フランク王国の歴史を思い出してみよ」
「フランク王国の歴史……」
言われて気がついたシャルルが顔を上げる。
「答えは東ですね!?」
「その通りだ。大革命に至るまでの歴代フランス王が東への恐怖を持ち続けていたことにすべての源がある」
これはどういうことかというと、ヨーロッパの地形図を見てみると良くわかる。
フランスという国は海に囲まれた部分を除けば、南はピレネー山脈南東部はアルプス山脈と自然国境に囲まれているが、北東部は何ら障害となる地形の存在しないただの平地にすぎない。
ゆえに歴代のフランス王は常に東からの脅威を感じていた。
一度、国境を突破されてしまえば、パリまでの間に敵の軍勢を遮るものは何もない。
それがためにフランスは、自然国境となるライン川までフランス領土を拡張すべくドイツへの侵略を已める(やめる)ことが無かった。
これが独仏の歴史的対立の根本的原因、根源である。
そして、ライン川を自然国境となしえたのはただ一人、ナポレオン・ボナパルトのみ。
「フランスはドイツ侵略に国富を浪費し過ぎた」
何しろフランク王国分割以来、フランスにより営々として継続されてきた国策としての侵略事業である。
そんなことにカネを注ぎ込んでいたから、フランス国家にしっぺ返しが来たのだと言えるかもしれない。
「ですが、地続きで何もない真っ平らな平野では敵を押し留めることはできません。
フランスにはラインという水堀が必要なのです!」
シャルル九世は力説した。
「では、このままドイツへの侵略に国富を浪費し続け、革命へと続く自己崩壊の道を突き進むのか?
貴族と教会の専横を既得権益として認めていてはいずれは革命が起きよう」
「うう……」
苦し気に十二歳の少年がうめく。
俺としても後ろめたさは感じるが、ここで手を抜いては最終的な理解に達することはできないだろう。
心を鬼にして突っ込む。
「歴代フランス王はできるうる限り最善の手段で貴族と教会の力を削ぎ落そうとした。が、それは叶わなかった。
ドイツ侵略を続ける限りは必ずそうなるぞ。
フランスが滅んだのは、累代のフランス王が抱いていた
『独仏国境をライン川まで拡張しなければフランスが滅ぶ』という恐怖心によって自滅したのだ!」
「では! どうすればよいのですか!!」
半狂乱で絶望の叫びを十二歳の少年が上げた。
その幼い肩にかかる一国の重圧とはどれほどのものなのだろう。
俺はそんなことを考えた。
「人は城、人は石垣、人は堀、情けは味方、仇は敵なり」
「……人は城、人は石垣、人は堀、情けは味方、仇は敵なり」
シャルル九世が反芻するように幾度となくつぶやく。
それを見て、言葉の意味が伝わったことを確信して続けた。
「これはこの世の果て、東方の彼方にあるジャポンの名将による言葉だ。
どれだけ強固な城塞を築き、堀の代わりとなる長大な川を境としようとも、
国の中の人と人との繋がりが崩れてはすべてが烏有に帰す。
これは外交においても同様。敵ではなくドイツを友とせよ。
さすればドイツという国家そのものがフランスを護る盾となろう」
「ドイツという国家そのものがフランスの盾となる……」
シャルル九世は雷に打たれたように立ち尽くした。
どうやらその考えはなかったとみえる。
これは信玄坊主ではなく俺の考えだが、別段間違ってはいないと思う。
三国志を見てみればいい。蜀と呉を滅ぼした途端、勝者となった魏は崩れて司馬氏の晋に国を乗っ取られる。
そして乗っ取った方の晋は弱体化の末に異民族によって滅ぼされた。
これならまだ三国鼎立を続けていた方がマシだったろう。
目の前に対等な国家群が存続していたなら、魏・晋の内部が弛緩することもなく、異民族の攻撃にも耐えられたのではなかったか。
統一国家という、目に見える物に頼ったがために、いくさを忘れて文弱に走り、軍事力が弱まって異民族にナメられ攻め込まれる。
はっきり言って、中国の歴史はこの繰り返しでしかない。
単一の統治体制が統治を行き渡らせられる領域には限界があるのだ。
その限界を無視して領土を広げるといつかはやがて破綻して滅びる未来しかない。
ゆえにヨーロッパ列強による植民地帝国主義を長い目で見ると、欧州に多大な被害をもたらす結果にしかならなかったのは当然といえる。
自業自得とはいえ、これはあまりにもひどい。
そして、二十一世紀に起きたゾンビの攻撃は欧州の命脈を断つ最後の一撃となった。
俺がそんな忸怩とした思いに囚われているところにシャルル九世の声。
「ドイツを友邦となし、東への盾とするというのはわかりました。
ですが、今のドイツはぐちゃぐちゃです。
ドイツ皇帝はドイツを見ていませんし、ドイツ国内の諸侯も勝手気ままに振舞っております。
これでどうやって手を結ぶというのでしょうか」
言外に無理ではないかとの意思を籠めて少年シャルルは問う。
だが、そういう状況だからこそ、すべての混乱の原因を精算する機会にできるのだ。
「うむ。その通りだ。
が、だからこそ、ローマ教会と貴族から力を奪い、フランスを王権の下に統合する謀も可能となる」
「なんですと!?」
シャルル少年が驚き叫ぶ。
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