第67話フランス革命阻止作戦Ⅲ



アンボワーズ城の壁に張り付いて登っていく。

尖塔最上階の施錠されていない窓から入り込んでターゲットの居所はどこだろうかと思案した。

相手の地位はフランス国王。フランス王国の最重要人物だけに警備も厳重と思われる。

ならば警備兵が多く、外部からの防衛にもっとも向いた場所に違いない。

そう目星をつけて城の中を徘徊するとやがてそれらしい部屋を見つけた。

扉を開けてそっと入り込む。

傍から見れば扉が風か何かで勝手に開いたとしか思われないだろう。

シュレディンガーの猫を起動したまま寝台に近づくと、それらしい少年が眠っていた

年の頃は十代前半のローティーンであることから見て、シャルル九世であろうと思われる。


「よし、やるか。起きてくれフィリー」


「……ん。仕事?」


「ああ、頼む」


「わかった」


俺はフィリーに頼み込んで電波送信を開始する。

眠っているシャルル九世の脳に送り込むのは、このままいけば二百三十年後に起きるフランス革命のヴィジョンだ。




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フランス国王、シャルル九世はここのところ、毎夜訪れる悪夢にうなされていた。

広場に集まってきた怒れるパリ市民が王の処刑を見物しようと待ち受けている。

ギロチンなる断頭台では王妃の首が既に落とされ、血が後から後から流れ出して処刑用に設えられた舞台を真っ赤に染め上げていた。

そこに引きずり出されてくる小太りの中年男。

傍らに立つ処刑人が国王ルイ十六世の罪状を読み上げていく。

国民の罵声と流される血への渇望の声が広場を覆い尽くしていた。

その光景にシャルル九世は鳥肌が立ったように感じる。


「王を殺せ!」


誰かが叫んだ一言は津波のように観衆に伝播して一つの大合唱となる。

そして、王の首が落ちた。


「うわぁあっ!」


シャルル九世はおのれの絶叫で目が覚めた。

宿直(とのい)の兵がその声に驚いてドアを叩いて叫ぶ。


「陛下! 如何なさいました陛下!!」


兵の問いかけは必死だ。

仕える主君を死なせては騎士の恥。

その声でシャルルは我に返る。

気が付けば朝になっていた。


「大事ない! ただ夢を見ただけだ!!」


心配の余り飛び込んできた近衛の兵に大丈夫であるとアピールすると宿直(とのい)の者も落ち着いてくる。


「では陛下、何かありましたらすぐにお呼びください」


そう念を押して退出する近衛兵の背中を見送りながら、シャルル九世は今日見た夢のことを考えていた。


これから将来、あんなことが起きるというのだろうか……?



「母上……」


「陛下、最近は御気分が優れぬと伺いました。どうしたのですか?」


朝食後、シャルル九世は生母カトリーヌ・ド・メディシスの訪問を受ける。

カトリーヌは部屋に入るなり問うた。


「大したことではありません。母上。ただ……」


「ただ……?」


疑問を抱いて問う母カトリーヌにどう言うべきか迷った挙句、シャルルは言葉に詰まる。


果たしてフランスの王統が絶える夢を見ているなどと言ってしまっていいものか……


そもそもシャルル九世の母であるカトリーヌ・ド・メディシスはフィレンツェはメディチ家の出である。

父であるアンリⅡ世の妃として輿入れしてきた背景には、当時のメディチ家出身のローマ教皇、クレメンス七世の意向があった。


だが、父と母の仲は最初から冷え切っていた……


シャルル九世はじめ子供たちは両親の会話から二人の間に愛情の無いことを幼少時より理解している。

そして父であるアンリⅡ世は三年前に崩御、その跡を継いだ兄フランソワⅡ世も健康に恵まれず昨年に崩御した。


母上の心労はいかばかりであろうか。


そう思うと、このような夢の話をすることは憚られたのである。

夫に恵まれなかった孤児のカトリーヌにとっては、我が子らとフランス王国が唯一の家族なのだろう。

忖度の末に笑って誤魔化す我が子を、痛々しげに見詰める母に悪いと思いつつもシャルル九世は口を閉じるしかない。

そうして、シャルル九世の懊悩は続くのである。




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一週間以上に亘って同じ悪夢を就寝から起床まで幾度も見せ続けているうちにシャルル九世の憔悴は酷くなっていった。

これは健康に良くないと判断した俺は適宜ポーションを投与して健康管理に勤めている。


今日も、地獄と化したフランス史を巡る悪夢の旅へと御招待いたしましょう。

陛下はヴァロア朝存続の唯一の鍵を握る御方なのですよと呼び掛けながら地獄巡りを開始した。


安らかな寝顔を見せている十代に入ったばかりの少年に夜毎の酷い悪夢を見せている罪悪感に軽い痛みを感じつつも、今日も動画の再生をスタートする。

コリニー提督を重用して父と慕う、この少年王には是非ともユグノーの王となっていただかねばならない。

そんな想いを籠めて、革命後のフランスが辿る地獄の道行きの御披露目といこうか。




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革命によって滅んだブルボン王朝の後に待っていたのは、革命を主導したインテリ層による恐怖政治だった。

次々と反対党派の人間がギロチンにかけられていき、処刑広場は血に染まる。

そんな中、革命が自国に波及することを恐れた周辺諸国が連合してフランスと開戦。

こうして第0次世界大戦ともいうべき革命戦争の火ぶたが切って落とされた。

侵攻してくる諸国連合軍に対して革命政府は国民の決起を要請、これに応えて立ち上がったマルセイユからの義勇軍が歌っていたのがラ・マルセイエーズである。

結果、徴兵制度による国民軍を投入して総力戦体制に移行したフランスはヨーロッパ諸国共通の脅威となった。


このヨーロッパ戦国時代にのし上がってきたのがコルシカ島生まれのイタリア貴族、ナポレオン・ボナパルトである。

ヨハネの黙示録に登場する騎士のようにこの男は勝利の上に勝利を積み上げていった。

フランス国民、もっとはっきり言えば、働き盛りのフランス人男性の犠牲の上にである。

その有り様はまさに一将功成りて万骨枯ると表現するに相応しい。


ナポレオンがフランス軍に導入した新たな軍事ドクトリンは「速度」である。

それまでの軍事思想における戦力評価は質×量であったのだが、ナポレオンはこれに、今までは考えられてもいなかった「速さ」を加えたのだ。

ナポレオン率いるフランスの大陸軍(だいりくぐん)グランダルメの強さの秘密はこの「質×量×速度」である。

質乃至は量で劣っていても、速度との積で、敵軍を上回れば戦力で勝ることは可能。

この真理はフランス学士院に属する数学者とも対等の会話ができるほど数学的素養に優れた彼であったにゆえ気付けたことだと思われる。


この時、電撃戦の思想が誕生した。

爾後、百年を経た後のドイツにおいて更に洗練されたこの思想が、ヨーロッパを三度目の大戦に引き摺り込んだのは歴史の皮肉とでもいうべきであろうか。

ともあれ、機械化されていないこの時代における電撃戦は国民の犠牲の上に成り立つものだった。

ナポレオンは軍の移動速度を上げるために軍楽隊を重視し、行軍に際しては昼も夜もぶっ通しでマーチを奏でさせるという手法を使う。……しかも大音量でだ。

テンポの速い演奏で行軍速度を引き上げ、兵が眠らないように大音量で音を鳴らし続ける。

歩きながら途中で眠ってしまった兵はその場に捨て置いて見捨てて行進を続けていく。

雪の進軍中、睡魔に襲われた兵が路傍に倒れ眠り込んで凍死しようが構うな。

大事なのは軍の行軍速度のみ。それ以外は無視せよ……!

こうして実働世代に属するフランスの男たちは戦場で擦り潰されてしまった。



「なんということだ……」


最悪のビジョンを見せられてシャルル九世は蒼白となる。

だが、これで終わりじゃない。さらなる地獄がフランスを待っているのだ。



革命戦争に続くナポレオン戦争によってフランスの人口ピラミッドは滅茶苦茶になった。

フランス経済の担い手となるべき実働年齢層が戦争によってごっそりと消えたからである。

だが、それでも国と経済を回す必要があると考えた国家指導層はある決断を下した。


そう。植民地からの人口流入である。


こうしてガリア=フランクによるフランスという、本来の意味でのフランス国家はこの地上から永遠に消滅した。

そう、古代ローマと現代イタリアのように。



「うわあああっ!」


此処まで語り終えるとシャルル九世が悲鳴じみた絶叫を上げた。


「なんだ! これは! なんだ!! これは!! これではまるで、フランスの死ではないか!!!」


悲嘆のあまり夢の中でのたうち回るシャルル九世に俺は更なる追い討ちをかける。


「……その後、大革命の勃発よりこの方、フランスは王政、帝政、共和政と転変を繰り返して政情定まることを知らず、革命から百六十年後に成立した第五共和制によってようやく安定をみる。

 この第五共和制での国家元首たる大統領の任期は一期七年で最長十四年の執政期間だった」


「十四年だと!? それではまるで王の在位期間ではないか!」


俺のナレーションを聞いてシャルル九世が反駁する。


「そうだ、革命は大戦による大量死と混乱しかもたらさなかった。

 それを救ったのは第五共和制による事実上の国王公選制だったというのは皮肉ではあるな」


「どうしてそんなことに……」


一晩に何度も何度も見せられる悪夢を夜毎に繰り返されたシャルル九世は、これからやってくるフランスの最期を信じる気になっていた。


それでは仕上げといこうか。


「シャルルよ。そうなった原因は今のこの時代に始まっている……」


俺はできるだけ尊大な感じで語りかけた。


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