第59話報復手段



エティエンヌ・ゴーの屋敷を離れた俺はコリニー邸に急ぎ戻った。

書斎で仕事をしていた提督に急ぎの用があると告げるとすぐに中へ通される。

ばたばたした雰囲気に気付いたルイーズとお市も急ぎ駆けつけてきて俺の話に耳を傾けた。


「そうか。あの篤志家で名高いエティエンヌ・ゴーが裏でそのようなことを……」


多少なりとも面識があるのだろうか。

コリニー提督は沈痛な面持ちでそれだけをつぶやいた。


「閣下、こうしてはおられません。

 早急に救出せねば我らの姉妹が新大陸に売られてしまいます」


「まて、ルイーズ。救出するのは良いが、我々はまだいくさの準備ができていない。

 ヴァシーの虐殺といい、今回のことといい、くやしいがギーズ公に先手を取られたのは間違いない」


「ですが閣下!」


ルイーズが更に言い募る。


「くどい!」


このままでは埒が明かないので俺はヒートアップする二人の間に割って入ことにした。


「では、コリニー閣下、こうしてみたら?」


「なんだ。申してみよ」


「ユグノー、カトリックのどちらにも与しない中間派はおりますか?」


「ポリティーク派がいるがそれがいかがした」


疑問符を表情に浮かべながらコリニー提督が俺に聞く。


「カトリック派に成りすまし、ポリティーク派貴族の娘を拐かし(かどわかし)て、

 娘をエティ・ゴーが狩り集めた少女達の中に紛れ込ませるのです。

 そこを提督率いる海軍部隊が偶然にも発見して急襲、一味を摘発して処断するというのは?」


この策を聞いたお市が「なんてことを考えるのだ」という顔で俺を見た。

コリニー提督は「うぅむ」と考え込む。

偽旗作戦はバレると後が面倒だからな。

しばらく懊悩していた提督が俺に視線を送る。


「できるのか?」


「できます」


その場で俺は俺自身に認識阻害をかけた。一瞬で俺は三人の視界から消えてしまう。


「消えた!?」


三人が叫び、周囲をぐるぐる見回すが、俺という存在を認識できない。


「どういうことだ?! 誰かの気配は感じるのに何処に居るかがわからない!」


そして俺は認識阻害の効果を切った。


「どうしました?」


何食わぬ顔で俺は聞く。

俺は一歩も動いてはいなかった。

ただ存在の確率をぼやけさせただけである。


「これは私の秘儀、シュレディンガーの猫にございまする。

 猫とは常に、隠れていてそこに居るのかいないかが不明な生き物。

 その猫の特性を再現するのがこの技にて候」


「そ、そうか……。で、あるならば太郎殿の計画も可能であろうの」


言葉に詰まりながらもコリニー提督はそう言って首肯した。



「では行ってくる」


心配げに見守るルイーズと仏頂面を決め込んだお市の視線を背にして俺はコリニー邸を出る。

とりあえず発信機は移動中のようで、信号の発信位置は常に動いていた。

そのエーテル波動を頼りにして俺は夜道を急ぐ。

どうやら馬車は北西方向に向かっているようだ。

パリ周辺で連続するセーヌ川の屈曲部を避けた上で、船を使って運ぼうという魂胆かもしれない。

英仏海峡に面した港町のル・アーブルまではパリ中心部からでも百五十キロ弱。

東京駅からだと甲府の先まで行ったくらいか……


そんなことを考えながらセーヌ川南岸を通る街道を走っていると道の先にある館が見えてきた。

昔の城館を改装したらしい古びた建物はセーヌ川に面していて船着き場もある。

場所としては屈曲部の連続を抜けたあたりだ。

コリニー提督に手渡された地図で確認すると、ポアシーの西あたり。

シュレディンガーの猫を発動したまま城壁に取り付いてするすると這い上がる。

壁のてっぺんから城内を除くと案の定、馬車が置いてあった。

壁を駆け降りて音もなく地面に足を付けると城館内部に忍び込む。

巡回兵たちは俺に気付くことができないから堂々としたものだ。


そのまま城内をくまなく探索するかというとそういうことはない。

傷物にはできない性奴隷の監禁場所となれば、その置き場は限られてくる。

枷をはめて手首足首に跡が残っては売値が下がることを考えれば答えは一つ。

地下室へ続く階段を見つけた俺は、その扉をちょっと開けてフィリーを中に送り込んだ。

すぐにフィリーの視界を脳内リンクさせる。


「最近出番がないからね。頑張らなくちゃ」


そんなことを言いながら彼女が光学迷彩で透明化して地下へと降りていく。

フィリーの目を通してみた地下は手入れがされているようでそれほど酷い環境ではない。

階段を下り切った底には地下牢が設えられていた。

その独房ではない牢内には十代前半から二十前までの娘たちが放り込まれている。

それを監視するのは五人の兵士だが、装備や態度からみるに、どうやらカトリックの傭兵のようだ。

統率の取れていなさそうな、粗野な感じのする男たちが武装してテーブルを囲み酒を飲んでいる。

その一人が言った。


「くぅっ。見てるだけで味見できないってのは辛れぇなぁ!」


「お前は馬鹿かっ。大事な商品に手を出したのがゴー様にバレてみろ、

 俺達ゃ連帯責任とやらで全員これだ! お前、俺らを殺してぇのかよ!?」


「す、すまねぇ。そんなつもりじゃねぇんだ。

 ただよぉ、こうして見てるだけってのも辛いじゃねぇか」


「だから、俺らはゴー様から高給貰ってんじゃねぇか。

 このカネで娼館でも言って発散してこい!……ってな」


右手で首を掻っ切る仕草をする同僚の剣幕に及び腰となった男が詫びるが、同僚の追及は更に続く。


「それになぁ、お前。悪魔に魅入られた異端のユグノー女なんか抱いてどうするんだ?

 こいつらは俺らと同じ人間じゃないんだぜ。ロクなもんじゃねぇよ」


こう言い切った同僚に別の男が問う。


「じゃあ、こいつらを新大陸のやつらに売りつけるのはどうなんだ?」


「ああ? 知らねぇよ。

 喰い詰めて新大陸に行った黄色いスペイン野郎がどうなろうと俺らに関係なんかあるもんか」


「ははっ。違ぇねぇ」


「な。そうだろ」


「まったくだ」


牢に閉じ込められた少女達を横目に、男たちは莫迦笑いしながら酒をあおる。

その様子から推量するに、娘たちの貞操に危機は訪れないと見ていいかもしれない。

安堵した俺はその場を離れ、拉致すべき中間派貴族の城を目指すべく動き出す。


「フィリー、戻ってもいいぞ」


「わかった。すぐ行くから待ってて」


「ああ。よろしく頼む」


といった具合で、さらわれた少女たちの身の安全を確かめた俺は城壁を越えて戻ってきたわけなのだが、そこで俺は不審者を目撃する。

頭のてっぺんからローブを着込んだ性別不明の怪しい人物が城壁を乗り越えようとしているのだ。


それは困る。これから人攫いをして、旧教側にその罪を擦り付けようというのに、ここで騒ぎを起こされては元も子もない。


俺はシュレディンガーの猫を解除。アイテムボックスからドミノマスクを取り出して素早く装着する。

甲冑を装備して物音をがちゃつかせたくないから黒騎士にはならない。

ゆっくりと不審者に近づいていく。

一歩、二歩……。

やおら不審者は振り向いた。

次の瞬間、レイピアの切っ先が俺の胸に向かって伸びる。


バックステップで躱すと更に鋭い突きが来る。


……よし、このままこいつを城から引き離せそうだ。


下がりながらレイピアを抜いて俺も応戦する。

この細身の剣は刺突が主だが、日本刀ほどでは無いにしても切ることは可能だ。

そして突きが主体の剣術は構えがいやらしい。

刀のような両手剣の間合いで考えているとえらいことになる。


だが、斬撃が来ない分、攻め口は単純だ。

突きの速さに対応できればどうということはないのだが、

何と言っても突きは一動作だから攻撃が早い。

突き出される切っ先を剣で振り払いつつ下がっていく。

こちらからも適時攻撃を仕掛けては払いのけられる動きをする。

俺が追い詰められているかのように見せかけるのが肝要だ。


金! 金! 金! 金! 金!


レイピアの攻撃ををレイピアで撃ち落としてショボい戦闘を繰り返しつつ不審者を城から目の届かない所まで誘導する。


良い所まで来た。

ここいらでこいつを説得して下がらせるか……

そう思っていると、急に城館の方ががやがやとし始める。

人が集まりだし、松明が焚かれ城門が開いた。

それを認めた瞬間、ローブ姿の不審者は脱兎の如くに駆け出していずこへともなく駆け去っていく。

俺はそれを追うこともせずに次なる仕事に取り掛かるべく道を急いだ。


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