第18話大利根レイダーズ



生活が懸かっている分、長尾家の略奪部隊の襲撃は粛々としていた。

はっちゃけて無意味な狼藉に走る馬鹿はいない。

稲わら一本ですら貴重なのにそれに火をつけてギャハハハなんて笑っていたら切り捨てられるだろう。


あ……斬られた。


……ったく、しょうがねぇな。


盗賊に成りすました俺達は後送される荷駄の後を追った。

女子供や米を乗せた荷車の周りを捕えられた農民たちが歩いている。

利根川の左岸を遡上する荷車の隊列にはごく少数の見張りしかついていない。

雑兵たちは略奪からあぶれた不満を隠そうともしていなかった。

そんなだらだらとした隊列を俺とお市は追うのだが、この時代は禿山だらけなせいで身を隠す藪などが少ない。

なので朽ち果てた小屋などを遮蔽物に利用するものだからかなり距離が開いてしまう。


そうして追跡を続けているとやがて山が川岸までせり出した難所にさしかかる。

そこで俺は川原に伏せている味方に光で合図を送った。

この時代は寒冷期なだけあって川の水量が多い。

葦原に紛れ込ませた川舟から弓兵が隊列の前後に矢を射込むと敵の雑兵が次々と斃れる。

そこで呼吸を合わせて崖上から槍足軽が雪崩れ落ちてきたところで大勢は決した。

川舟の兵も岸に上がって撤収作業の手助けをする。

俺はそれを見ながら近くにいた足軽大将に声を掛けた。


「敵の死体は水の手から離れた所に埋めてくれ」


「へぇ。わかりやした……」


俺の指図に足軽大将は怪訝な顔をする。


「死体が腐って水源に腐毒が流れ込むとこの辺り一帯の土地が使い物にならなくなるのだ」


「そうでがすか」


半信半疑ながらも俺の言を受け容れた足軽大将は配下と共に死体を運んでいく。

俺は拉致されてきた村人たちから荷駄の物資を買い取ると、さっさと逃げるように告げた。

礼を言って立ち去る村人たちを見送ると俺達は舟で対岸に渡ると、逃げ遅れた農民に成りすます。



それから数回ほど少人数で小規模の荷駄を襲ってみたんだが、護衛に出てくるのは乱取りに出ている先鋒部隊だけで、景虎の本隊が動く気配はなかった。

先鋒部隊見殺しの意図に気付いた真田弾正幸綱が言う。


「長尾殿に和議を結ぶ気があるのはまことのようですな。

 初めに聞いた時にはにわかには信じられませなんだが……」


「それがしもそうでござった」


この意見に氏真も賛同の意を示す。


「あとは御屋形様が川中島へ着くのを待つだけですな」


そしてそれはそんなに先の話ではなかった。




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沼田に入った長尾景虎は動かない。

それは景虎に付き従った家臣たちには何かを待っているのだと受け取られていた。

景虎が出張ってくるまでの時限措置で乱取りを認められた先鋒部隊の諸将は北条勢が目前に迫っていないこともあって、景虎率いる本隊の前進を望んではいない。

結果として、景虎の本隊に残ったのは乱取り禁止の命に従う意志を見せたものだけだった。

この状況を前にしてすぐ近衞前嗣は景虎の意図に気付いたが、それをあえて口にすることはなかった。


「私はこれより護摩行に入る。誰も近寄らせるな」


だから景虎が沼田城内でこんなことを言い出した時にも誰も反対する者は現れない。

護摩行を口実にしての時間稼ぎであることに気付いたのは近衞前嗣の他は直江景綱くらいのものだった。

春日山で何かがあれば留守居の吉江景資から一報が入る手筈となっている。


景綱は景虎に代わって軍令を発しつつ待った。

その間、参陣した関東諸将からの面会要請が幾度もあったが、護摩行を盾にしてすべて拒絶している。


……これでよろしいのですな。御屋形様。


直江景綱は籠り切りの景虎を遠目で見つつ、心で問いかけた。

いくさ場で敵を利用して味方の粛清を行うなど危険極まりない。

常識的に考えればそのような謀略を景綱も否定しただろう。

だが、軍神長尾景虎の武名、神がかりの強さがその判断を枉げてしまっていた。

越後勢の陣中で誰も景虎の真意に気付くことなく事態は進んでいく…




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――我、誤てり!


三河岡崎では一人の男が後悔にふけっていた。

その男の名を松平元康という。

今川義元、桶狭間で遭難と判断した元康が逃げ込んだ大樹寺で自害をやめた時、譜代の家臣たちは大いに喜んだ。

しかし、厭離穢土欣求浄土で目を開き岡崎城を接収した元康の耳に飛び込んできたのは義元存命の報である。

このニュースに接した元康は飛び上がらんばかりに驚いた。

その驚きのままに駿府へ上ると叫んだ元康を家臣たちは必死に止める。

最早、賽は投げられたのだと。

そして苦悩の末に松平元康は織田との同盟を選ぶことにしたのだが、元康の名を捨てきれなかった所にその後悔が見て取れよう。


逡巡の末に、義元存命下で体勢の立て直しを図る今川家に対抗するため、松平元康は清洲行きを決めた。




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黒騎士、安倍あべの太郎たろうに誘拐されたお市が姫騎士アンジェリークとなって上州で長尾家の荷駄を襲っている頃、尾張では信長が荒れていた。

額に青筋を浮かべて怒鳴る。物を投げる。その姿はまさに魔王である。特にお市が攫われてからの信長の常軌の逸し方は尋常ではなかった。

何しろやることなすことすべてが裏目に出ていたのである。


「なぜだ!?

 義元を後詰め決戦に誘引して狭間に誘い込んで討ち取る策は完璧だった。なのになぜ!!」


苛ついた信長は床板を踏み鳴らして同じところをぐるぐると歩き回る。配下を恐怖で支配している信長がこういう状態の時に近づこうとする者は誰も居らず、ただ一人で苛立ちを吐き出すのだった。


「動員兵力はこちらの方が上だった。

 地の利と天の時は我が手に在った。人の和もだ!」


そうして義元を死地に追い込んだ策が決まった瞬間にそれを引っ繰り返された。


あの黒騎士が。

我が城の兵糧を焼き、お市を奪い去った憎っくき黒騎士めが!!


手配書は尾張中に回してある。

黒騎士の首には多額の懸賞金もかけた。

なんとしてでも黒騎士を見つけ出し、一刻も早くお市を救わねば、攫われたお市が無事な筈がない!



そうして殺気立った信長の元へ元康が訪ねてきたのは間もなくのことであった。


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