第56話復讐鬼との出会い
俺達の騎行は続く。
ベルリンを出てマグデブルク、ブラウンシュヴァイク、フランクフルト・アム・マイン(マイン川沿いのフランクフルト ※ドイツにはフランクフルトと名の付く都市が複数ある)を経てメッツに入った。
ちなみにメッツを含むアルザスやロレーヌはこの当時まだフランス領ではなく、ドイツ人の神聖ローマ帝国の領域内に留まっている。
メッツを出発した俺とお市はルイーズの先導でロートリンゲン(ドイツ語でロレーヌの意)の森林地帯を抜けて虐殺のあったヴァシーを目指す。
「……これはひどい」
惨劇の跡地を見てお市が息を詰まらせる。
すでに殺されたユグノーの遺体は片付けられてはいたが、そこかしこに血痕の残る板切れが転がっていた。
彼らの使っていた教会堂はギーズ公の軍によって既に破壊され、そこには廃墟しか残っていない。
「生き残りが居ないか見回ってみましょう」
「はい」
ルイーズの呼びかけにお市が答えるが、その声には力が無かった。
俺を見てからルイーズが歩き出す。
「ここもか……」
落胆の声を漏らしてルイーズが肩を落とす。
ユグノーの住居だった家屋はすべて取り壊されて更地と化していた。
最早、ヴァシーにはユグノーの生存者は一人として存在していないことがはっきりとする。
その事実にお市は深い衝撃を受けたようによろめいた。
「ここまでのことをするのか……ッ」
お市の拳が打ちつけられて、傍らの木が梢を揺らして震えた。
「行こう」
「そうだな」
俺の呼び掛けに応えてルイーズがかぶりを振る。
悄然とした女二人が先に立ち、道を進むのをじっと眺めながら俺は考えに耽っていた。
一概に言ってしまうと、気候風土はその土地に住まう人間の住民性を形作るという。
荒々しい場所では荒々しい気性の民族性が育まれるというやつだ。
それであるならば、ヨーロッパという土地の自然は温順な気候風土を持っている。
だとすればヨーロッパ人の住民性は温順であるはずなのだが、この有り様は一体何なんだ……?
そんな疑問を胸に抱きながら数日を過ごしていると、街道脇に停止した馬車があるのが目に入った。
場所はセザンヌの手前である。(マルヌ地方のセザンヌSézanneで画家のセザンヌCézanneとは無関係)
「どうしたのだ?」
ゆっくりとした足取りでルイーズが馬車に近づいていく。
それというのも馬車に居たのは年若い娘ばかりだったからだ。
兜は被っていないとはいえ、全身甲冑に帯剣した女二人が騎乗して近づいてきたのだから、同性とはいえ警戒しないわけがない。
女を手酷く扱うのは同じ女だ。
これは犯罪心理学において既に証明されている事柄で、人質の監視役が同性だった場合、人質に対する扱いがより酷薄となる傾向が女の場合には常に存在している。
その酷さは男の人質を男が監視する場合の比ではない。
女の敵は常に女なのだ。
相手が男であれば最悪、女を武器にすれば命まで取られる可能性は少ない。
だから馬車の少女達は武装した二人の女に向かって警戒心を露わにしている。
「どうしたのだ?」
寄り集まった娘たちに向かってルイーズが再度、声を掛けた。
肩を寄せ合うように固まった娘達はお互いを見合った末に、一人の少女に視線を向ける。
目で促された少女はすすっと進み出てルイーズに視線を向け、口を開いた。
「馬車が壊れてしまって……」
その言葉で馬車を見ると確かに壊れているのがわかる。
車輪の木製スポークが一本折れているのが目に入った。
ルイーズがこちらを見る。
俺は検分するために馬車へと近寄った。
しゃがみこんで車輪にてをやる。
幸運なことにスポークは真ん中あたりでひしゃげていた。
これなら応急処置は可能かもしれない。
さて、どうするかと考えて馬車の荷台に目を向けると、都合のいいことに車載用の斧が置いてある。
当然のことながら、その柄は木だ。
斧はその性質上、柄にかかる撃力に耐えられる樹種が使われている筈だと予想を立てる。
木目から樹種を判断するだけの知識が俺にはない。
鑑定スキルでどうにかならないかと問われてもそれは無理だ。
ゲルマニウム鉱石を鑑定したとして、ゲルマニウムダイオードの製造法やその利用法までが鑑定スキルで判明するわけじゃない。
よって、そこは類推する必要がある。
「どう? 直る?」
車輪を外して応急手当を始めるとルイーズが寄ってきて俺に質問してきた。
「とりあえずは走れるようにはなるだろう。
が、目と鼻の先のセザンヌの町とやらで車輪を交換した方がいいだろうな。
折れたスポークに添え木を当てただけだから、変な力の加わり方がしていると思う」
「……そう。仕方ないわね」
斧の柄と折れたスポークにキリで穴を開けてボルトとナットで留める。
工具類やらなんかはラビア王国から送還される前に大量に仕入れたものだ。
向こうの工作技術は魔法の所為もあってかなり精度が高い。
ゾンビが溢れた地球では基礎的なパーツすら入手困難となっている可能性があったから、
帰還を考え始めた段階から、支給された給与を注ぎ込んで買い集めたのは正解だったな。
「これでよし」
車輪を嵌め込むと少女達から安堵の声が漏れた。
代表して一人の少女が礼を述べる。
「ありがとうございます。おかげで助かりました」
「有難く礼は頂戴しておく。
だが、あくまでこれは応急措置だから、次の町で車輪は交換した方がいい」
「送っていこう」
「はい」
ルイーズが申し出ると少女たちは頷いた。
ポクポクと名残雪の残った街道を進む。
春先の雪道ははっきり言って汚い。冬の間は純白だった雪が微妙に黒ずんできていたり、
泥跳ねの斑点が一面びっしりとついていたりするから、見ていると無性に身体がかゆくなってくる。
しかも中世、道路舗装なんてものは遥か昔のローマ時代まで遡らないと有るわけがない。
一体どこのバカだ、文明と技術の進歩は一方通行だと言ってるやつは。
「彼女たちはユグノーだ。しかもヴァシーの虐殺の生き残りらしい」
セザンヌへの道々、少女たちと言葉を交わしていたルイーズが馬を寄せてきて俺に告げた。
思わず俺は眉を上げてルイーズに続きをうながす。
「どうやら虐殺の真相は聞いていたのとは違うらしい。
勅令どおり、城壁外で祈りを捧げていた彼らをギーズ公の軍隊が挑発したようだ」
「じゃあ、何か? 一方的に完全な被害者ということか?」
「そうなるな」
苦々しげに言葉を吐くルイーズを見て、俺は考えを巡らせた。
「ということは最初から、戦争開始の口実を作るためにやったってことか」
「ああ。先王フランソワ二世陛下は御病弱であられたので、
王妃陛下の外戚にあたるカトリックのギーズ公フランソワか権勢を握っていたのだ」
「それが違ってしまったと?」
俺の問いにルイーズが即答する。
「そうだ。
それが先王陛下の崩御により、カルヴァン派である弟のシャルル九世陛下が即位為されて旧教派は政権を失ったというわけだ」
「……なるほど」
それで合点がいった。
しかしそうなると、ギーズ公をはじめとしたフランス国内のカトリック勢力は尻に火が着いたという認識なんだろうな。
「武力に訴えてでも政権を旧教勢力の手元に引き戻そうと考えるほどに追い詰められていると見るべきか……」
「うむ。それが順当なところだろう。……それでだ、太郎殿」
「なんだ」
ルイーズが威儀を正して俺に向かってきたのでそれに応えるように応ずる。
「あれらをパリまで連れて行きたいのだが構わないだろうか?」
「それくらいは別にいいぞ。抑々(そもそも)同盟相手のユグノーあってのフランス行きだからな」
「ありがたい。恩に着る。このことはコリニー閣下にも伝えておこう」
「そうしてくれ。同盟する以上、貢献ポイントは上げておきたいからな」
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