第47話プロイセン公国
クリミア半島から北西に向かってウクライナの平原に入るとそこはもうリトアニア・ポーランド共和国の領土内だ。
そこから北上して雪の降る中をリヴォニアへと急いだが、もう遅かった。
テッラ・マリアナ(リヴォニア)は既に解体されていて、スウェーデン傘下のエストニア公国と共和国に組み込まれたリヴォニア公国に分割済みである。
戦争自体はロシアの負けだったが、国家解体の憂き目に遭ったリヴォニアにとっては外交上の失敗でしかない。
「これ以上ここに居ても仕方がない。移動するぞ」
俺の呼びかけに頷いた二人を連れてバルト海沿いを西へ向かうことにした。
戦争が終わったばかりの土地で大商いなどあるわけもない。
リトアニア大公国の首都ヴィリニュスには立ち寄らず、ケーニヒスベルクを次の目的地とする。
プロイセン公国の首都ケーニヒスベルクはハンザ同盟都市だから海運も発達している分、商機があると踏んでのことだ。
この公国は三十年ほど前にドイツ騎士団領が世俗公国化したものだけに刀剣類に目が無い御仁も多いであろうとの目論見でもある。
「どうだろうか?」
ケーニヒスベルクに着いた俺達は活気のありそうな商会を選んで商品を見せている。
「東方の刀剣ですか……」
商人は鞘ごと刀を手に取ってその拵えを眺めた。
「鞘の装飾が素晴らしいですな」
ためつすがめつして商人が感嘆の声を上げた。
「……抜いてみても構いませんか?」
「どうぞ」
「では……」
俺の承諾を受けて店主は刀を鞘から抜いた。
次の瞬間、彼は息を呑んだ。
「……すばらしい。刃に綾なすこの文様の見事さは何とも言えませんな」
刀身を微妙に動かして光の当たり具合を変えつつ店の店主は嘆声を漏らす。
その感じから取引の手ごたえを感じた俺はすかさず商談に入った。
「店主どのはこの剣にいかなる値を付けて下されるであろうか?」
「う~ん。そうですなぁ……」
俺のオファーを受けて商人は考え込んだ。
顎を乗せた右手がしきりと動いている。
「あいや、しばらく」
この時、突然、脇から待ったがかかった。
声のした方を店主と二人で顧みれば、金髪の幼女がお付きの者を従えてこちらをじっと見ていた。
「これはこれはエリーザベト様にアルブレヒト様」
二人を認めた店主はやおら姿勢を正して腰を低くする。
どうやら土地の有力者の子供のようだ。
俺がアルブレヒトと呼ばれた男児に視線を向けると、彼はエリーザベトなる幼女の背後にさっと隠れた。
どうやら彼には人見知りの性があるようだ。
「あるじ、悪いがこの剣は私の父上に見せたい。この場は引いてくれぬか」
「どうぞエリーザベト様のお思いのままに」
商人は幼女の申し出を受けた。
「この剣を持ち込んだお主には手間であるが、一緒に来てもらえぬだろうか?
悪いようにはせぬ。父上が高値で買ってくだされるであろうからな」
「わかりました。ご一緒します」
「うむ。よろしく頼むぞ」
幼女が無い胸を張って頷いた。
商会を出ると幼女が乗ってきた馬車に同乗するよう勧められる。
俺達三人は六人乗りの馬車に詰めるようにして入り込んだ。
対面に従者と幼い姉弟が座る。
「お初に御目にかかる。私はエリーザベト・ホーエンツォレルン。
プロイセン公アルブレヒト・フォン・ブランデンブルク=アンスバッハが娘。
隣に座るはアルブレヒト・フリードリヒ・ホーエンツォレルン、我が弟であるな」
「……あ、アルブレヒトです」
姉に紹介されたアルブレヒトがおずおずと挨拶する。
まるで尻込みしているかのようだ。
「俺は
俺は姉弟と挨拶を交わす。
そうするとエリーザベトの関心はすぐに刀に戻っていった。
「しかし、太郎殿の持ち込んだ剣は素晴らしいな。これならば父上も満足されよう」
「それについては満足していただけるものと自負している」
日本でだったら「そこまで言うか」と思われるような表現だが、ヨーロッパ人には自分が思っている所の正味をぶつけなければ伝わらない。
縷々(るる)、そんな会話をしているうちに馬車はケーニヒスベルク城の城門をくぐった。
「……ほう。これは」
鞘から刀を抜いてプロイセン公アルブレヒト・フォン・ブランデンブルク=アンスバッハは凍り付いている。
その目は刀身の波紋にくぎ付けだ。
「中々に素晴らしい。刀身の反りは斬るためにあるのか。硬いが粘りのある鋼とみた」
「はい。中々のご慧眼。。
我が国の言葉に、抜けば玉散る氷の刃とありますが、まさにそれであると」
俺の言葉にプロイセン公は頷く。
「そうであるな。だが、この刀で鎧は斬れぬであろう」
「いえ、斬れますよ」
試すように問うプロイセン公に事もなげに言い返すと、公は驚いたような顔をした。
「ならば、是非とも見てみたいものよ」
「構いませんとも。どうぞご覧あれ」
「誰かある!」
プロイセン公が手を叩くと護衛の騎士が現れて膝をつく。
「広間に使い古しの甲冑を持ってくるのだ」
公の指示を受けた騎士がさっと退出していく。
すると娘のエリーザベトが口を開いた。
「父上、私達も見たいです!」
瞳を輝かせてねだる娘に相好を崩したプロイセン公は子供達の同席を認める。
エリーザベトは歓声を上げた。
騎士たちの手で甲冑が大広間に設えられていく
城中で手の空いている者達が公の命により三々五々集まってきていた。
徐々にざわつきが大きくなっていく。
見れば、兜を脱いだ騎士らしき者たちも観客の中に混ざっていた。
「太郎。大丈夫なんだろうな?」
ルイーズが心配げに声を掛けてくるが、それに俺は無言の笑みで返す。
「では、見せてもらえるかな?」
最後に現れたプロイセン公が俺に告げる。
一礼して甲冑に向かい、俺は刀を抜いた。
ざわめきが収まる。
観衆の視線が俺と甲冑だけに注がれる。
目を閉じて俺は甲冑がすでに真っ二つであることを心の眼で見た。
そうしてしばらく待つ。
見たものが体感できた瞬間、俺は無造作に刀を振り下ろした。
甲冑が何の苦も無く真っ二つに分かれる。
台座から落ちた甲冑が乾いた音を立てて床に転がった。
「わぁああああ」
歓声が上がり、信じられないという感想が飛び交う。
真っ二つとなったフルプレートアーマーを呆然と見ていたプロイセン公アルブレヒトが俺に振り向いて言った。
「貴殿がお持ちのその剣を私に譲ってくれないだろうか?」と。
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