第26話 新入生歓迎レクリエーション その3

「は?なんだよお前」


色々と凄い新入生、宇野海斗の態度に、当然牙を向ける浩二君。


「あんたみたいな頭空っぽの先輩を見ていると、余計にこの高校に入ったことを後悔しますね」


「おい!ふざけんなよてめえ」


そんな一触即発の二人の間を土屋が上手く取り持ち、自己紹介タイムが終わり、ゲームは伝言ゲームへと進む。


それにしても、せっかくの楽しいイベントだというのに、どうしてそんな水を差すようなことを言うのか。

宇野海斗。ホント、とんだ問題児が入学してきたものだ。


「それでは、並び順を決めて下さ~い!」


グループでの話し合いの結果、俺は2番目の位置で、土屋と町田に挟まれる格好となる。


列に並んだ際、町田から「レクリエーション大会、先輩たちと上手くやれるか不安だったんですけど、太郎先輩と同じで本当に良かったです」と後ろから耳打ちされた。


「いやいや、俺なんかよりももっといい先輩いるよ。外れだよ。外れ」


「そんなことないです!私にとっては、大大大大当たりです!」


「田中君、結衣ちゃん。始まるよ」


土屋に指摘され、俺と町田は話を止めて姿勢を正し、ステージに立つ進行役の木原の合図に耳を傾ける。


「それでは、スタートです!!」


伝言ゲームの始まりの幕が切って落とされ、運営の生徒から、先頭の土屋にお題が出される。


それを確認した土屋は、俺の方を振り向き、耳元まで顔を近づけた。

その間、後ろの人はセルフで手に耳を当てて目を閉じなければならないルールがある。それを良いことに、土屋は俺の耳元に素早くキスをして、耳元で囁いた。


「大好きだよ。太郎」


あまりの刺激に全身がぞくっとした。


「おい、真面目にやれよ」


動揺を隠しながらそう囁くと、土屋は視線を俺の後ろにいる町田の方へ向け「ごめんごめん。なんか、燃えてきちゃって」と小さく笑う。

その笑顔に、胸の内がキュッと締め付けられた。


そして土屋は続けてもう一度耳元で囁く。


「私は昨日、八百屋で大根を値切りました」


おいおい。誰も昨日のお前の出来事を聞いてはいないぞ。


目を細めて軽く睨みつけると、「これがお題なんだってば!」と彼女が抗議した。


さすがにやり取りが長かったか、運営の生徒がすかさずやってきて、俺と土屋が軽く注意される。


自信はないが、とりあえずこれで行くしかないか。


俺は後ろの町田の方を振り向き「私は昨日、八百屋で大根を値切りました」と伝言を耳元でささやく。


伝言を受けた町田は、力強く頷いて後ろを向き、無事に俺の役目は終わる。


「お疲れ様。田中君」


ホッと一息ついて前を見ると、土屋が微笑みを浮かべながら小さく手を叩いていた。


「ちょっとさっきの。見つかったらどうするんだよ」


「結衣ちゃんとはどういう関係ですか?説明を求めます」


「入学式の日に、彼女が無くした学生証を一緒に探してあげただけの関係ですよ」


「なんだそういうことか。学生証高いもんね。再発行に500円もかかるとか、鬼畜過ぎ」


やっぱ土屋ならその発想に至るよな、と苦笑いを浮かべる。


「それよりも海斗君。大丈夫かな?」


彼女は後ろから5番目のところにいる宇野海斗に視線をやりながら、心配そうな表情を浮かべる。


「大丈夫ってなにが?」


「いやいや、あのひねくれ方は昔のどこかの誰かさんを彷彿とさせて他人事には思えないんだよ」


「昔のどこかの誰かさんは、あそこまで拗らせてはいなかったと思うぞ」


「な~にムキになってるんですか。とにかく、私はあの子が心配で仕方ないの」


彼女に合わせて、俺も宇野海斗に視線をやる。


今は2年女子の長谷部から、伝言を受けているがその表情は、やはり心ここにあらずといった様子だった。


確かに、似てるかもしれない。

俺も二年前、彼と同じ目をしていた。


この高校に入ったはいいものの、当時の自分には青春やら恋やら友情やらは眩しすぎて、無縁のものだと思っていた。


全てを諦め、自分の殻に閉じこもり、他人に過度に期待しないことで、己の身の安全を確保しようとする、その気持ち。


他人に攻撃する点では一致していないが、その姿はまさに過去の自分を見ているようだった。動機は違うかもしれない。だが、確実に言えることは、俺も宇野海斗も、目の前に転がっている青春を、斜めの方向から見ているということだ。


長谷部から伝言を受け取り、アンカーである浩二君と向き合う宇野海斗。


後ろを向いているため表情は見えないが、想像よりもはるかに華奢なその背中に向かって、土屋は小さく呟いた。


「私、あの子に教えてあげたい。高校生活って、意外と良いものだって。・・・取り返しが、つかなく前に」

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