第27話 新入生歓迎レクリエーション その4
最初の自己紹介での荒れ具合に反して、伝言ゲームは割とスムーズに進行した。
三回のゲームのうち、ミスしたのは最後の一問のみであとの二つは無難に正解することが出来た。
その間違った最後の問題も、これ答えさせる気ないやろってくらい分かりづらい長文で、出だしの土屋から、もう何が何だか分からないような状況だった。
そのあまりの難易度から、他のグループでも正解者はほとんど出ず、「なんかすいませんでした」と進行役の木原が謝罪したくらいだ。
だから結果としては満点も同然なのだが、次のゲームのクイズ大会までの繋ぎの空き時間で何故か浩二君と宇野海斗は揉めている。
「何だよそのつまらなそうな態度は。自己紹介のあれは目を瞑るとして、ゲーム中くらいはみんなで楽しくやろうってんだから少しは周りに合わせたらどうなんだ」
「そうやって無理やり協調性を強いる風習は、日本の悪しき伝統ですよね」
「そうやって最もらしい言葉を並べてれば、自分が周りとは違う特別な存在になれると思ってんだろ。高校生にもなって中二病かよ。お前みたいなひねくれた奴、たった一人の友達すらも出来ないからな」
この言葉には、さすがの宇野海斗も表情が曇り「別にそれでいいです・・・」と子犬のように呟いた。
「ちょっと、浩二君言い過ぎ」
土屋に注意され、浩二君は分かりやすく落ち込み、下を向く。
町田はずっとあたふたしながらグループのみんなの顔をキョロキョロしながら伺い、長谷部は浩二君から目を逸らすようにずっとそっぽを向いている。
これは、雰囲気が悪いな。最上級生として、ここは何とかしなければならない。
「いやいや海斗君。友達が出来ないとか、悲観するのはまだ早いよ。きっと君に素直な心があれば必ずすぐに出来る。だからまずはこのレクリエーションを―」
「先輩も友達が多いようには見えませんけど」
言い返す言葉も無かった。少し先輩風を吹かせて良いことを言ったつもりだったが、捻くれてる者の洞察力はさすがと言うべきか。
それに、何を隠そう俺自身も、友達と言える友達は錦戸一人しかいない。
彼女よりも友達の数の方が少ないというのもどうかと思うが、これが俺の培ってきた2年間なのだから仕方がない。
「まあまあ海斗君。私は高校生活に絶対に友達が必要だとは思わないけど、何だかんだ居ると良いものだよ。ごはん奢り合ったり、お菓子パーティしたり。誕生日にはプレゼントだって貰えるし」
おいおい、その言い方は見方を変えると友達はただの金づるだと思われかねないぞ。まあ彼女の場合、そうとしか見てない可能性もあるが。
「そうだ。じゃあ私が海斗君の初めての友達に立候補しちゃおうかな。ねえ、イイよね?」
金の目をしてグイグイ迫る土屋だったが、結果的に何だかいい感じの対応になっていて、さすがだなと感心する。
しかし宇野海斗は、土屋に冷ややかな視線を送りながら失笑した。
「それも、どうせ演技なんでしょう?」
「えっ?」
「よく居るんですよね。誰にでも優しい高嶺の花を装って、本当は俺みたいな奴を内心ではキモがったり馬鹿にしてる女。そういう人は大抵、誰にでも優しいんじゃなくて、誰にでも優しい自分が好きだから、そうしてるだけなんですよ。土屋さんって、めちゃくちゃ可愛いでしょ?だから俺みたいな日陰者の気持ちなんて、一切分からないし、興味も無いんじゃないですか?生まれた時からみんなにチヤホヤされて、嫌われたりキモがられたりする気持ちなんて分からなくて、好かれることが当たり前。そんな人間が、得体の知れない弱者と心から友達になりたいなんて思うはずがない。せいぜい、自分のポイントを上げるために俺を利用してるだけでしょ」
「おい、お前。いい加減に―」
浩二君が我慢の限界とばかりに勢いよく立ち上がる。
しかし、それよりも先に俺は、宇野海斗の目の前まで体育館の床を滑るように移動し、彼と向き合って言った。
「普通、そう思うよな!」
「へ?」とキョトンとした顔をする宇野海斗。
浩二君が「ちょっとアンタ」と敬語も忘れて今にも俺に飛び掛かって来そうな勢いで迫ってくる。
俺はそんな浩二君をスルーして、続けた。
「こんだけ可愛くて、協調性もあって、明るい女子が、俺たちみたいな陰キャと本気で向き合おうとするはずがない。だってそもそも、住む世界が違うんだからって。俺も最初は、そう思ってたよ」
チラリと土屋の方を見ると、彼女はぽかんとした顔つきでこちらの様子を窺っている。
「知らないってさ、怖いよな。俺は中学の時ちょっと色々あって、そのせいでこの高校に通う目をギンギンに光らせて青春をエンジョイしようとしている奴らが自分とは別の生き物に見えて怖かった。笑顔で声を掛けられても、馬鹿にされてるんじゃないかと思って、自分の殻に閉じこもった。事実、ストレートに馬鹿にしてくる連中もいた」
今ではすっかり埃の被った、遠い日の記憶を思い出す。
その記憶を掘り起こすたびに、その時の心の痛みが鮮明に蘇ってくる。
「だけどさ、住む世界が違うなんて勝手に決めつけちゃダメだって、今では思ってる。俺、土屋さんのことはよく知らないけど、もしかしたらこう見えて彼女は俺たちでは想像もつかないような苦労をしているかもしれないし、本当は高嶺の花なんかでもないのかもしれない。顔がよくて明るいっていうのは確かにとてつもないアドバンテージだと思うけど、それで彼女のことを知ったつもりになるのは違うと思うし、何より土屋さん本人に失礼だと思う」
俺も最初は彼女のことを・・・、いや、彼女たちのことを、大きく誤解していた。
自分とは、住む世界の違う、雲の上のような存在なんだって。
だけどそれは大きな間違いで、どんなに大きく見える人でも本当は地に這いつくばって泥臭く一生懸命に生きている。
それを俺はこの2年間で彼女たちに嫌というほど教えられた。
そしてこれからも、俺は彼女たちの背中を見て多くのことを学んでいくだろう。
「だからさ、海斗君」
俺は優しく、呆然とした様子の彼に微笑みかける。
俺と同じように、彼もまたこの3年間で多くのことを学んでいく。
その、最初の一歩を踏み出すキッカケに自分がなれたら。
そんな下らない下心を胸に抱いたまま、口を開く。
「この時間だけ、本気で馬鹿になってみようよ。そしたら、馬鹿の気持ちが少しは分かるかもよ?」
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