第28話 彼との出会い ~土屋志穂~

私の彼氏。田中太郎には、不思議な力がある。彼が宇野海斗に微笑みかける様子を見て、改めてそう思った。


私と彼の出会いは、2年前の新入生歓迎レクリエーション。

今日と同じように、同じグループになった私たちは新入生として先輩たちに囲まれていた。


「めっちゃ可愛いね。名前なんて言うの?」


「ミスコンとか出たら優勝間違いなしだよ。芸能事務所からも声が掛かるんじゃない?」


「やばいね。彼氏とかはいるの?どんな人がタイプ?」


入学式の時から、同い年だろうが先輩だろうが、私を見て、掛けてくる言葉はさほど変わらなかった。


「土屋志穂です~。可愛いだなんてそんなそんな~」


「ええ~。ホントですか?先輩、票入れてくれます?あと、実はなんですけど、芸能事務所、もう入ってるんですよね」


「彼氏なんている訳ないじゃないですか。好きなタイプは、○○君みたいな優しい人が素敵だと思うな」


人から好かれる努力は、日頃から怠るな。その小さな積み重ねが、大きな成功の糧となる。


それは、毎晩食卓でもやしご飯を食べながら、母に繰り返し何度も唱えさせられた言葉。


あなたは可愛い。人から好かれるために一番必要なピースである完璧な容姿を持っている。あとは内面を磨くだけ。あなたならば、私がたどり着けなかった場所に、必ずたどり着くことが出来る。


幼いころから、母に芸能界で活躍することを植え付けられてきた私は、睡眠時間が削られるほどのたくさんの演技や歌のレッスンに通えているにも関わらず、毎晩の食卓がもやしとご飯だけでエアコンもろくにつかないようなボロアパートで暮らしている矛盾を、不満に思うことは無かった。


だから離婚した父からの養育費と、スーパーでパートとして働く母の給料の大半が私のレッスン代に消えていると説明された時は、怒りよりもより一層頑張らなければという気合の方が勝った。


母の言う通りにしていれば、お肉も魚も食べられる。エアコンのつく部屋に住むことだってできる。給食費を払えずに、毎月のように職員室に呼ばれることもなくなる。


芸能界で成功すれば、今までの苦労や努力が全て報われる。


そのためには「可愛い」自分を受け入れ、それを武器とすることで「土屋志穂」という商品の価値を高める必要がある。


そのことばかりを考え、本当は自分がどのような人間であるかも分からずにただ世間が求める「可愛い女の子」をひたすらに演じ続けてきた。


いや、演じている自覚も、もしかしたら当時はなかったかもしれない。


母の期待に応え、母が照らしてくれる道を歩き、母が描いてくれた夢を追い求めることしか、頭になかったから。


「すごいね、君」


そんな私に、彼が最初に掛けてくれた言葉がこれだった。

「よろしくね!」と言っただけなのに、どうして自分がそんなことを言われるのか分からなかった。


周りの目もあったので、その場で彼に問いただすことは出来ず、結局彼ともう一度話すことが出来たのは2年で同じクラスになってからのことである。


高校1年生の時の私は、ひどく荒れていた。

高校に入れば、「現役Jk」の肩書がつき、少しは仕事が増えてオーディションにも受かりやすくなるものだと思っていた。


それなのに、状況は全く変わることは無く、私はただの、小銭稼ぎしか出来ない4流タレントだった。


「歌も演技も平均以上。見た目も華があり、素材としては申し分ない。だけどね、何か一つ。何か一つが足りないんだよ」


これは、私を落とす際のお偉いさん方の常套句。

何が足りないのか、私には分からない。


母に訊いても、私が年を重ねるたびに焦りと不安から、母自身も荒れに荒れていてまともに相談できる状況じゃない。


学校でいくらチヤホヤされたって。

好きでもない男の子に何度告白されたって。

ミスコンで優勝したって。

私の夕飯は、もやしご飯のまま。


そもそも、本当に自分は芸能界で輝きたいのかと疑問を感じ始めたのも、この頃からだった。


そんな状態で、同じクラスになった彼を、私はずっと気にしていた。

あの意味深な彼の言葉が、ここ1年間頭から離れなかったのは何故か。


私はずっと彼と二人きりになる機会を伺い、桜散る5月にやっとその機会を掴んだ。


場所は、誰も居ない放課後の教室。


彼が教科係の仕事で放課後まで残っているのを見計らって、偶然を装い話しかけた。


「田中君さ。一年前のレクリエーションの時に私に言った一言、覚えてる?」


彼は覚えていない様子で、申し訳なさそうに首を傾げた。

その表情は、一年前に見た時と比べて柔らかくなっていたので、この一年の間に彼もまた変わったんだなと感じた。


ここで普段の私なら「もう!覚えてないの~?ひどい~」と頬を膨らませて笑みを浮かべるところだが、彼の前ではそれが出来ず、無表情で「すごいね、君って言われたんだけど」と迫った。


すると彼は思い出したように「ああ」と笑って言った。


「人から好かれるのって、なかなか大変なことでしょ?だから、その努力を惜しみなく出来る土屋さんが、すごいなって」


これは後から聞いた話だが、その言葉は彼にとっては私への皮肉だったらしい。


でも、こんなことを言われたのは初めてだったので、なんだか私の知らない私まで彼は見抜いている気がして、皮肉だとは知らずに私の胸は高鳴った。


この人なら、「土屋志穂」を商品としてだけでなく、一人の血と骨と水分で出来た人間として見てくれる気がする。


そんな期待を込めて、私はそのまま自分が抱えている悩みや置かれている境遇。自分を見失っていることまで恥じることなく洗いざらい話した。


彼は時折相槌を打ってくれたりしながら、真摯に私の話を聞いてくれた。


そして彼は、私の話が終わった後、目を細めて笑いながら言った。


「ごめん。情報量が多すぎて、よく分からなかった」


もう!と今度は本気で腹を立てて怒る私に、ごめんと両手を合わせて謝りながら、「でも・・」と緩んだ表情をキープしながら彼は続けた。


「俺は好きだよ。もやしご飯」


次の瞬間、私は自分でも驚くほど自然に「私も」と呟いていた。


きっと、私が彼に惚れたきっかけがあるのだとすれば、ここだ。


彼は、初めて等身大の私を見てくれて私も知らなかった「私」を教えてくれた。


これが、君との出会い。



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