第39話 月島有紀 (火野視点)
「ご丁寧にわざわざ説明ありがと。でも私、あんたの事、さっぱり覚えてないね」
「相変わらずですね円佳さん。本当は忘れたくたって忘れられないくせに」
意地悪を言ったつもりが、少しも可愛げがない返しをされる。
私は大きくため息をつき、かつては妹のように可愛がっていた後輩のご尊顔を2年ぶりに拝む。
陸上をしている分姉よりもシュッとしているが、四捨五入すれば同じような顔つきだ。優しそうな垂れ目が癒し系のお姉さんといった感じで、姉同様美人であることは間違いない。
それにあの変態女同様、たくましい乳に成長しやがって。
走る時に邪魔だろうが。私のように少しは絞れこの野郎。
まったく、とことん癪に障る姉妹だ。思わずため息が漏れてしまう。
「可愛いオレンジのジャージですね。似合ってますよ」
強豪と呼ばれる初音高校の黒のジャージを着た有紀が、嫌味っぽく言ってくる。
THE・青春の成駿高校と言われるだけあって、高校の部活動のジャージのデザインも申し分ないくらいオシャレに仕上がっているこのオレンジがベースのジャージであるが、それがまた「弱小」を物語っているようで、私はあまり好きにはなれなかった。
デザイン的には明らかに下回る有紀の着ているジャージこそが、シンプルではあるがまさに「強豪」といった感じで私にとっての理想である。
それを把握しているからこそ、有紀はわざわざこんな見え透いた嫌味を初音の黒ジャージで言ってきたのだろう。
「そりゃどーも。アンタは似合ってないわね。そのジャージ」
「そうですね。どちらかと言えば私、白顔なので」
有紀の返しに、思わず舌打ちをしそうになる。
白顔とか黒顔とか、どうでもいい。
私はそんなつもりで言った訳ではないのに。
「先輩はどちらかと言うと黒顔ですね。スーツ姿とか、凄く似合いそう」
「だからどうでもいいって。ホント、何しに来たのよアンタ」
もうレース二時間前だというのに、その余裕っぷりはなんだ。
有紀は去年の全中の400mで、全国2位という輝かしい結果を残している。
いわばこの地区総体は、ゴールデンルーキーの華々しいデビュー戦でもあるのだ。
きっと全国の陸上ファンが、400ハードルという彼女の新しい挑戦に熱視線を送っているだろう。
だからこそ、こんな三流選手と戯れている場合ではないというのに。
「何しにって、挨拶に決まってるじゃないですか」
「挨拶?」
そんなもの、こっちが惨めになるだけだからしなくていい。
さては、こちらは惨めになるのを見越しての、ただの嫌がらせか?
私はあからさまに眉間に皺を寄せて表情を曇らせる。
もう、アンタと話すことなんてない。
しかし有紀は、私の遠回しの拒絶に気づいていながらも臆することなくこう言い放った。
「私、絶対に負けませんから」
有紀は言い終えた後、すっきりしたような表情を浮かべた。
そして、体を180度回転させると、そのままサブグラウンドの方へ走っていった。
その背中は、3年前と比べるととてつもないほど大きく感じられた。
「安心してよ。どーせ今日も、また三年前のあの日と同じ結果になる」
私はそうぼそりと呟き、そのままブルーシートに仰向けてバタンと倒れた。
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