第40話 地区総体 その2
時刻は、既に12時を回っていた。
スタジアムで観戦を始めて2時間。
現在トラックでは男子の5000m走が行われており、プログラム通りに行けば火野の予選のレースまで、あと二時間という計算になる。
「意外とおもしれえのな。陸上って」
天王寺のポテチも、もう5袋目にまで到達しており、彼女の周りにはお菓子の空の袋が散乱していた。
「おい。ちゃんとそのゴミ片付けろよな。他の人の迷惑になるだろ」
「わーってるって。わっちが人様の迷惑になったことあるか?」
存在自体が迷惑みたいなものなので、思いっきり否定してやりたいところではあったが、公衆の面前で殴られるのは嫌なので、何も言わないことにした。
「それじゃ私、ちょっと用事があって一瞬ここを離れるからそのついでに捨ててくるね」
「お、サンキューなエロ女」
月島が立ち上がって天王寺のゴミを拾い始めたので、俺も同様に立ち上がり、拾うのを手伝う。
「俺も一緒に捨てに行くよ」
「お、太郎君。さすがのボランティア精神だね~」
「なら、私もっ!」
この数時間あからさまに俺と月島の関係性を気にしていた日野も慌てて立ち上がった瞬間、クラスメイトの大曾根星花が出場する女子400mのアナウンスがされた。
「お、大曾根の出番か。あいつもなかなか良いカラダしてるからな。日野、一緒に応援しようぜ」
共通の友人である火野を介して、この数週間で大曾根と日野の仲も深まっているため、ここで大曾根のレースを見ない訳にいかないと考えたためか、日野は「うん、そうだね・・」と腰を下ろした。
日野には申し訳ないが、この数時間で俺はずっと月島と二人で話す機会を窺っていたため、正直ラッキーと思いながら二人で席を離れる。
「良かったの?彼女、凄い顔してたけど」
スタジアムの階段を下りながら、月島が心配そうに尋ねる。
嘘、そんなやばそうな顔してた・・・?
ちょっとこの行動は大胆過ぎたかなと少し後悔した俺であったが、今は月島への質問が最優先だ。
俺は「大丈夫でしょ」と平然を装い、ゴミをスタジアムに設置されたゴミ袋に捨てて、月島に向き直る。
「まさか、お前と円佳が繋がってたとはな。知らなかったよ」
「わざわざ言う機会も無かったから。もしかして、それがご不満?」
「いや。今はそんなことどうだっていい。それよりも、火野の過去の話も全部知ってるんだよな?」
月島は予想通りといった笑みを浮かべながら、小さく頷いた。
「全部かどうかは分からないけど、大体の事情はね~。それで?私に何の相談があるの?もしかして、打ち明けられた際に分かれて欲しいって頼まれたとか?」
「え」
「え?」
「正解なんだけど」
「うそ。私すご~」
月島のあまりの鋭さに、若干引く。
だがそれだけ、月島が火野のことを理解しているのだと気づき、何だかほっこりする。
物凄くヒヤヒヤはするけれど、何だかんだ自分の好きな人同士が仲良くなることに関しては悪い気はしない。
そのことに気づけたのも、つい最近の話であるが。
「で、太郎君はどうしたの?」
「・・・保留って、伝えた」
「ええ?!そこは絶対別れないとか言って押し倒してヤるところでしょ~。まったく、これだからチェリーボーイは」
月島の言葉に、ぐうの音も出ない。
そうするのが正しいことも分かっている。
だけど、彼女にそんなことを言う資格が、俺にあるのかと訊かれれば、答えはノーになると思う。
七股してる俺に、火野の考えに反する行動を取ってもいいのか。
ましてやそれが、付き合うか分かれるかの議論だったら尚更のことだ。
そのことを月島に伝えると、彼女は声を上げて笑い出した。
「も~。今更そんなこと気にしてどうするの~?それに関しては隠し通すって決めてるんでしょ?だったら今は、全力で自分の思うままに円佳ちゃんと向き合いなよ。全力で七股をするのが、田中太郎って男でしょ?」
彼女がそう優しく微笑みかけてくれた時、俺のモヤモヤしていた気持ちは綺麗さっぱりと吹き飛んだ。
「ありがとう、小百合。やっぱり、お前と話せて良かった」
俺は月島に深々と頭を下げ、全力で階段を下った。
俺のその足は、迷いなく火野の元へと突き進んでいった。
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