第11話 月島小百合 その1

4月9日。土曜日。


先日、始業式が行われ、いよいよ新学期がスタートするのだと実感が湧いたのにも関わらず、次の日が休日というのはいかかがなものか。

このじれったさは、いい場面で切ってCMを流すテレビ番組を観ている時の感覚に似ている。


しかし俺は、意外とCMを嫌いではない。それに休みなんて、いくらでもあってもいいですからね。


「日中からゴロゴロしやがって。つまんねえ青春だな」


ベッドに横たわって尻をポリポリと掻いていると、カーペットの上で同じように横になった天王寺が、唐揚げが三つぐらい入りそうなほど大きいあくびをする。

ああ、唐揚げ食べたい。


「日中からゴロゴロ出来る青春なんて、贅沢で素晴らしいではないか」


「お前、旅行とか行っても、一日中旅館の部屋でゴロゴロして過ごすタイプだろ」


「間違っちゃいないけど、君もこうして休日の昼間から人様の部屋で同じようにゴロゴロしているってことはそのタイプじゃないのか。てか本当にどうしてここに居る」


つい先ほど、半ば強引に俺の家に侵入してきた天王寺は驚くほどにこの部屋に馴染んでいる。だが馴染んでいるからといって、目の前の異物を看過するわけにはいかない。


「だから言ったじゃねえか。わっちはこの一年間お前に付き纏うって。お前、もしかしてここ弱いのか?」

天王寺は頭のこめかみの部分を指さしながらため息をつく。


ため息をつきたいのはこっちの方だ。

コイツの体が今の3分の1くらいであれば力づくにでも追い出しているのに。


「帰れ」

言ってみるだけ無理だと分かってみるが、口にしてみる。


「断る」

やっぱり無理だった。もう少し、意外な展開があった方がラノベとしては盛り上がりそうなものなのに。つまらない。

ただでさえ、身長190センチのデカブツゴリラヒロインもどきなんて需要がないのだから、もう少し頑張ってもらわないと困る。


一応恋愛モノなんだから、この絶望的な画の場面を何文字も使って繰り広げる訳にはいかないのである。


そんな危惧をしていたタイミングで、家のインターホンが鳴った。これには俺も天王寺も体を起こして「よし!」と歓喜する。


「彼女だろ?彼女。昨日の普通女はなかなかに良かったから、次はどんな奴が来るのか楽しみだぜ。おい、名前はなんて言うんだ?」


今日誰かと家で会うなんて約束はしていない。それに、7人の彼女たち以外で休日に俺の家に遊びに来る友達なんて、悲しいことにいない。

目の前のこいつを友達にいう括りに含めるならば、一応0ではなくなるのだが。


「多分、アイツかな」


全くのアポなしで家に突撃してくる彼女など、俺の知る限り二人しかいない。

そしてそのうちの一人は、現在海外へ留学中なので、自然と一人に絞られる。


「おはよ~太郎くん!えっちしに来たよ~」


勢いよく部屋のドアが開かれ、目の間に現れたのは俺の予想通りの人物。

3年4組の月島小百合だった。


女性だけでなく、男ですら憧れるほどの綺麗な黒髪ロングが特徴的な彼女は、同い年なのにやけに大人びているお姉さん的な立ち位置である。

癒し系で、誰にでも優しい、包容力の塊。

学校でついているあだ名は「聖母」。


しかし彼女が聖母と呼ばれている場面に遭遇するたびに、俺は鼻で笑ってしまう。


「ね~。どうせ一人でゴロゴロしながら慰めてたんでしょ~?だったら私と二人で、イイことしようよ~」


なぜならこの月島小百合という女、裏ではとんでもないほどのド淫乱であるからだ。

Gカップもある巨乳を揺らし、魅惑的な瞳で誘惑しながら近づいてくる月島。


このままではそのまま抱き着いてくる勢いだったので、俺は彼女の頭をガシリと掴んで阻止する。


「小百合。そういうのはしないって、何度言ったら分かるんだ」


「心配いらないわ~。今日、私、大丈夫な日だから」


「そういう問題じゃなくて!!!」


そんなやり取りを見て柄にもなく呆気に取られた様子であった天王寺が、ようやく「おい」と口にする。


そこで天王寺の存在にようやく気付いた月島が「わっ!!」と驚いて手で口を塞ぐ。


「びっくりした~。よく見たら、壁じゃなくて人間じゃない」


「おい。お前の周りの人間はどうしてわっちのことを鬼やら壁だと間違えるんだ」


天王寺の非難めいた視線が突き刺さる。そんなの俺に言われても、実際それらに間違われたとしても文句を言えないボディなのだから、仕方ないではないか。


「あなた、名前は~?」

そしてこの天王寺に対して全く臆することが無く、目をキラキラさせて迫る月島。


「て、天王寺舞だけど・・・。ど、ども」


あまりの月島の動じなさに、逆に天王寺の方が動揺してしまっている。

こんなに縮こまっている天王寺は初めて見た。ちょっと、おもろい。


そんな天王寺の異変を露も知らない月島は、現在マイペースに自己紹介をしている。

おい、好きな言葉「自ら癒す」とかやめろ。彼氏として恥ずかしい。


「ね~ね~、天王寺さんはどう思う~?高校生にもなって太郎くん、『異性間交流は絶対にダメだ!まだ俺は、そんな責任を取れる立場ではない』って言い張ってヤらせてくれないのよ~。高校生のカップルくらい、ヤって当然よね?」


やめろ、余計なことを言うな。

月島の話を聞いた天王寺は案の定、ニヤニヤしながらこちらを見て「お前って、変なところ誠実なのな」と嘲笑した。


なんだろう、こいつに誠実とか言われると、無性に腹が立つ。言い方の問題なのだろうが、さらに弱みを握られた気持ちになる。


「そうなのよ~。七股男のくせにね~」


その発言が飛び出た瞬間、天王寺の表情が固まった。

そしてロボットのようにぎこちない動作でこちらに心配の目を向けてくる。


言う必要もないので黙っていたが、こうなれば話すしかない。


「月島は唯一、俺の七股を知ってる彼女だよ」


そうなんです~と、陽気な言い方で応じる月島。


「だって私も今、三股してるから」


天王寺は言葉を失った様子で、口をポカンと開けた。


その反応を見て、少し焦ったのか「でも処女は太郎くんに捧げるって決めてるから、股は広げてないわよ~?!」と誤魔化す月島。それが誤魔化しであるのか、俺には分からないが。


「ちょっと異次元の会話過ぎて脳が追い付いてないんだが、とりあえず確認したいのは、わっちの目の前にいるカップルは七股男と三股女っつーことでいいんだな?」


「だから股は広げてないって!0股よ0股~」


とりあえず月島は放置して、天王寺の言う通りだった。


元々、はじめは二股同士の付き合いであったが、そこから俺は5人、月島は1人増えて、そんな髪の分け目みたいな数字になってしまったのである。


「小百合。とりあえず今日は天王寺も居ることだし、一旦落ち着いてくれないか。今度、好物のヨーグルト奢ってあげるから」


「仕方ないな~。味は、バナナね」


本人が意図しているのか分からないが、一言一言が下ネタのように感じる。俺の心が淀んでいるせいなのもあるのかもしれないが、このような者が「聖母」と呼ばれているのだから、世も末である。


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