第12話 母親と月島とゴリラ
「お前ら、それで平気なのか?」
天王寺の質問に、俺たちは顔を合わせて頷く。
「平気も何も、自分がやっちゃってるから文句は言えないっしょ」
月島が他の男と楽しそうにデートしている姿を想像し、嫉妬しないかと言われれば、それは嘘になる。
けれど、同じことを自分もしているのだから、決して文句は言えない。
そもそも、こっちが文句を言われる側なのだから、その権利自体ない。
「それに、私たち二人がこうして愛し合っているのだから、それだけでいいでしょ~?少し目を細めれば、そこは私と太郎くんだけの世界。周りを気にしなければ、背後に何人もの恋人の影がちらつこうが、関係ないわ」
彼女の言う通りだった。これは世間一般からしたら明らかに間違っている仮説なのだろうが、俺は月島と一緒に居る時、七股をしていようが彼女の事しか見えていない。同様に、日野といる時は日野のことしか、火野といる時は火野のことしか見えていない。
このような絶妙なバランスの元で、俺の七股は構成されている。
三股をしている身の月島だからこそ、俺のこの心情を理解し、受け入れてくれているのだろう。
いずれにせよ、俺と月島の奇妙な恋人関係は今では熟成され、なかなかの安定感を誇っている。
「なんか、よく分からなくなってきたわ」
真っすぐな瞳を浮かべる俺たちを見て、天王寺は困ったように頭を掻く。
まあ、大抵の人間はこのような反応を取るだろうことは何となく予測出来ていたので、特に何も思うことは無い。
どう頑張ってもこの世界では「不倫」や「浮気」は「悪」であり、到底受け入れられるものではないのだ。
「お取込み中すみません」
この何となく居心地悪いタイミングで救世主が現れる。
田中町子。御年48歳。普段は飲食店のパートして働く彼女が、桃やリンゴなどの果物が乗った皿を両手に抱えて、慣れた様子で頭を下げた。
「いつも太郎がお世話になってます~」
明らかに天王寺をガン見しながら、小さいテーブルに皿を並べる母。
大体このような場面での母親の登場に、年頃の高校生は嫌がるものだが、俺は特に何も思わない。むしろ、わざわざ果物を切ってくれたことに感謝すらも感じる。
あ、一応言っておくが、マザコンではない。
「おふくろさんチッス!いつもお世話してやってます」
丁寧に挨拶されたことで調子に乗った天王寺がそんなことを口にする。
おいおい。俺がいつ、お前にお世話された。
「小百合ちゃんもいつも息子と仲良くしてくれてありがとね」
七股の事情を知っているだけに、家が隣である朱里を除けば、家に来る機会が一番多いのは、この月島だ。
そのため、月島とうちの母親はすっかりマブダチといった様子で、最近では俺の知らないところでも料理を教わったりと友情を育んでいるらしい。
「そうですね~。私としては、息子さんの息子とも仲良くしたいのだけれど~」
おい。母親の前でなんて事言ってんだ。
これ、うちの母親も困ってるだろ。と思ったら、なんか爆笑してるし。
「やっぱり小百合ちゃんは可愛くて面白いわね。私としては、もう少し他の彼女さんたちとも仲良くしたんだけど、小百合ちゃん以外とはなかなか会わせてくれないのよね~。隣の朱里ちゃんとだって、最近は二人きりにさせてくれないし」
当たり前だろ。この通り、うちの母親は少し抜けたところがある。そのため、他の彼女たちと喋らせたらいつボロを出すか分からない。
すると母親は天王寺を見てハッとした表情を浮かべて「もしかして、八人目?」と目を輝かせた。
これにはさすがの天王寺も失笑する。
「いやいやおふくろさん。わっちはこいつ様の彼女ではありませんよ。それに母親としてこいつ様の七股に関しては何とも思わないんすか?」
それは呆れた言い方というより、単純に興味本位での質問といった感じだった。
あと「こいつ様」ってなんだ。もし様を付けることで敬語に出来てると思ったら、大間違いだからな。
「いやいや、思うところはあるわよ」
母親は天王寺をグッと見つめ、力強く口にした。
「まさか太郎に七人も彼女が出来るなんて。お母さん嬉しいわ」
おいおい、俺が言うのもおかしな話だが、友達が出来たみたいな言い方をされても困るぞ。
母親が部屋を去った後、桃を美味しそうに頬張りながら天王寺が「今、お前のそのイカれた性格のルーツを見た気がする」とぼそりと呟いた。
その通りだ。今の俺の七股があるのは、あの母親の血によるものが大きいのだろう。
「イカれた性格?何、太郎くん。天王寺さんの前ではイッちゃったわけ?私にもイかせてよ」と腕を組んで睨みつけてくる変態は、もう知らん。
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