第19話 水森麗華 その1
「お前、ロリコンだったのかよ・・・」
天王寺がまるでゴミを見るような視線を浴びせてくる。
自分がロリコンである自覚は無いが、水森を選んでいるということはその資質が少なからずあるのかもしれないので、彼女の言葉を否定することも出来ない。
かもな、と適当に相槌を打ち、本棚から彼女の前に姿を現した。
俺の姿を見るなり、水森はその小さな体と童顔フェイスに似合わぬクールな笑みを浮かべる。
「遅かったじゃない。太郎」
明らかに繕いだと分かるその落ち着いた口調に、俺は心の中で苦笑する。
「ごめんね、麗華」
水森の子供ポイントその1。とても見栄っ張り。
常に大人っぽく見られたく、小さいからと子供扱いされたくない。
「何か手伝おうか?」と訊くと、「自分でやる!!」とそっぽを向く幼稚園児を想像して欲しい。
それの拗らせたバージョンが、水森だ。
「べ、別にいいわよ。その、、、私も今来たとこだし・・・」
水森の子供ポイントその2。とてもツンデレ。
ツンデレというか、何というか、とにかく素直な感情をストレートに人に伝えることが苦手な彼女。
彼女の言う「嫌い」は「好き」。「あっち行って」は「そばにいて」。覚えておいて、損はないだろう。
「おう、お前が水森麗華か。想像以上にちっこいな」
「わっ!!!化け物!!!」
俺の背後から出てきた化け物・・・もとい、天王寺に動揺し、身を縮こませて怯える水森。
水森の子供ポイントその3。とても怖がり。
基本的にお化けや大きいものなどの怖いものは苦手。そのため、夜にトイレに行くときも母親の付き添いが必要だったり、ちょっと背の高い人に話しかけられただけで怯えてしまうなど、日常生活においても何かと支障をきたしている。
なお、俺の身長は175㎝だが、このくらいでも最初はダメだった。
怯える水森を面白がって、ゆっくりと接近していく天王寺。
彼女が近づくたびに、ただでさえ小さな体がさらに小さくなっていく。
「やめてやれ天王寺。麗華が怯えてるだろ」
不憫に思って注意すると、「こ、怖がってないもん!!」と喚く水森。
全身が震えているため、まったく説得力はない。
どうやら天王子はたったの数十秒くらいで水森のことが気に入ったらしく、「おもしれ~女」と水森を舐めるように見回している。
「誰。この怪物」
震える声で訴えた水森に、天王寺が「ああ?!」と脅しを掛けると、水森はすぐに「ごめんなさいごめんなさい」と泣きそうになりながら俺の背後へ隠れる。
「さっきメールで伝えた、天王寺だよ。見た目はゴリラだけど、心の優しいゴリラだから、怖くないからね~」
「ああ?!」
「ごめんなさいごめんなさい!」
水森でなくとも、天王寺を前にすれば誰だって怖い。
彼女にとって手の指を折ることは、朝食の目玉焼きを作るのに卵を割るくらいの感覚なのだ。
怯える二人に向かって、天王寺は深いため息をつくと、机の上に置かれたノートと教科書を覗いた。
「なんだこれ、全然分からねえ」
俺も近づいて確認すると、同じ学年であるはずなのにこちらが目も瞑りたなるような英文がぎっしりと敷き詰められた参考書が視界に飛び込んできた。
参考書には、赤線や小さなメモなどがぎっしりと書き足されており、彼女の努力が見られた。
「ところどころの文法や表現は高3の内容を予習してないと読み解けないけど、基本的な大まかな内容は今まで習った知識で充分理解できるレベルのはずだけど。全く分かんないなんてことはないんじゃない?」
「うるせえな。今まで習った知識がねえから全然分からねえんだろうが。お前、食ったこともない食べ物の味を説明出来るか?出来ないだろ。それに、こいつだって分からなそうな顔してたじゃねえか」
指を差されて、「失敬な」と言いたいところではあったが、実際チンプンカンプンだったので、何も言い返せなかった。
「太郎はいいの。私がいるから。勉強なんか出来なくたって、私が食べさせてあげる」
些かそれは、俺の男としてのプライドにも関わる問題だが、そんなプライドなど元々持ち合わせていないので、喜んでヒモになろう。
それにあと6つもアテがあるので、俺の将来は安泰だ。
「お前、勉強が好きなのか?」
これ以上のノロケは興味がないといったばかりに、天王寺はあからさまに話を変えた。
その質問に対して、水森はしばらく考え「別に」と漏らした。
「やらなきゃいけないことだから、やってる。ただ、それだけ」
「じゃあお前。やりたいことに割く時間はどうしてるんだ?そこまで勉強出来るんだったらそんな余裕なかなかねえだろ」
水森の、やりたいこと。
それを俺は、何となく見当がついている。
だが、彼女がそれを「やりたい」と口にすることは絶対にない。
なぜなら水森は、どうしようもなく子供っぽいくせに、誰よりも「大人」であるから。
「やりたいことなんて、ないもん」
水森は少し表情を曇らせながら、そう答えた。
その言い草は、まるで素直になれない子供のようだった。
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