第18話 小さな影
波乱だった入学式も終わっても、俺の七股ライフは終わらない。
思い返せば今日は、散々な一日だった。
暇を持て余していたら入学式の受付を押し付けられるし、日野に木原との交際をバレそうになるし、なぜか錦戸の下痢がうつって今日の昼ぐらいからずっと腹が痛いし、唸る腹を抑えながら教室に戻るとどういう風の吹き回しか、火野と日野と天王寺が三人で食事を摂ってるし、一体どうなっているのか。
どうかこれ以上は、何も起こらないでくれ。
そう願いながら、俺は今彼女との待ち合わせ場所に向かっている。
今日は会わない方がいい気もするが、今日の相手はちょっと訳があってその辺の融通が利かないタイプなので断るという選択肢はない。
「今日はホント、最悪な一日だったわ~」
当たり前のように隣にいる天王寺が、突然呟く。それはこちらのセリフだよと言いたいところではあるが、口に出してしまったら更なるフラグが立ちそうな気がするのでやめておく。
「休学は免れそうかい?」
「当然よ。向こうの男、散々わっちが居ないところでは文句を言ってたらしいのに、わっちの姿が見えた途端土下座してきやがってよ。本人たちの間で解決してるなら、大事にはしたくないという双方の校長の指示のお陰で反省文だけで済んだ」
ホント、最悪だわ~と背伸びをしながら呟く天王寺。
もはや俺にとっては嫌味っぽくも聞こえてくる。
「てか、なんでついてくるの」
「なあ。もうそのやり取りやめようぜ。いい加減飽きた」
もはや天王寺が一緒に居ることに、慣れてしまっている自分がいる。
もしかしたら、何かしらの洗脳を掛けられているのではと恐怖すらも感じる。
周りの視線も気になるし、出来ればもう少し離れて歩いて欲しいのだけれど・・・。
「それにしても、お前の彼女にも結構会ったな。うちのクラスの普通女だろ?それにパイ乙のデカいエロ女だろ?いかにも優等生って感じだけどどこか闇深そうな真面目ンヘラ女だろ?何より一番驚いたのは、普通女の隣に居たあの髪の短い男みたいな話し方した男女もお前の彼女だったことだ。お前の趣味って、幅広いよな」
「そりゃどうも」
火野と天王寺ならば、性格的に気の合うことは分かっていたがまさかこんなにも早く接近するとは思わなかった。
ラインを見られた際に知られているものだと思い、てっきり火野を彼女として紹介してしまったのがまずかったか。
知らぬふりをしておけば、余計な心配をせずに済んだかもしれないのに。
天王寺は太い指を折って、自分が言っていった彼女の数を数える。
四本折ったところで、「あとは昨日会うはずだった奴・・・」と右手の使える指が無くなって、左手に視線を向ける。
「これから会うやつは、この二人のうちのどっちかだろ?」
残った左手でピースサインを向けてきた天王寺に対して、頷く。
「うん。そのうちの一人はアメリカにあるうちの高校の姉妹校に留学中だから、実質今回で最後になるかな」
「留学とか。インテリかよ・・」
7人目の彼女、金村理香は3月にアメリカへ発った。今のところ帰国の目途は立っていないらしく、もしかしたら夏ごろまではそっちに居るかもしれないとのことだった。
個人的には金村が俺の七人の彼女の中で一番頭がぶっ飛んでると思っているので、向こうで上手くやれているのか、正直心配だ。
「んで、今日会うのはどんな奴なんだ?」
「ん~っと。なんて説明したらいいかな・・」
「何だよ。もしかして、かなりヤバい奴なのか?」
「いや、そういう訳ではないけど、一言で説明するのが難しくて。え~っと・・・。頭脳は大人、身体は子供、そして心も・・・多分、子供」
「どこかで聞いたような言い回しだな」
「肩書だけで言ったら、うちの高校で学年トップの実力を持つ秀才だ。レベルの高いうちの特進科の中でも、頭一つ抜けてるらしいからね」
「ウゲ。またインテリかよ・・・」
説明していると、なんだか自分の彼女は強者揃いであることを思い知らされる。
生徒会長に、学年トップに、ミスコン優勝者の高嶺の花。
もちろん他の四人も、それぞれ個性があり、恋人としてはかなり高スペックの逸材揃いだ。
一体俺は、前世でどれだけの徳を積んだのだろうか。
だが、あくまでそれは肩書だけで、中身はなかなかのくせ者揃いなので、そのあたりで調整は取れているのだろうか。
そんなこんなで、俺たちは目的地の図書館へとたどり着いた。
基本彼女とは、ここで待ち合わせをすることが多い。いかにも秀才との待ち合わせ場所っぽいが、ここで一緒に勉強したりだとか、本を読んだりだとか、その思い出はない。あくまで待ち合わせ場所として、ここを利用しているだけだ。
「あ、あと言い忘れてたけど、彼女と会うときに絶対守って欲しい注意点として三つある。一つ目は、怖い顔をしないこと。二つ目は、大きな声を出さないこと。三つめは彼女を馬鹿にしないこと。コツとしては、小学校低学年くらいの小さな女の子を相手しているような気持ちで対応することかな」
館内を歩きながら、小さな声で天王寺に説明する。
市民図書館だが、割と中は広く、多くの学生や暇を持て余した高齢者たちが利用しているので、そこそこ賑わっている。
「お前な。高校三年生の同い年の彼女に対して、そんなトリセツは―」
「居た。あれだよ」
俺は本棚に隠れて、少し離れた自習スペースに座る彼女を指さす。
すると天王寺は目を凝らして彼女を見て、驚いたように口をポカンと開けた。
「おい。お前。いくら何でも小学生に手を出すのはだめだろ」
ノートと教科書を広げて、鉛筆を鼻と上唇で挟んで難しい顔をしている少女。
その風景だけ見たら、まさか彼女が高校三年生だと思う人はいないだろう。
この身長137㎝の小さな秀才こそが、何を隠そう俺の彼女の水森麗華だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます