第7話 ゴリラこと、天王寺舞の無茶ぶり
終わった。人気ゲームで勝負に負けると「めのまえがまっくらになった」とテキストが流れる。その状況を、俺はリアルで今、経験している。
「1,2、3、4、5、6、7・・。うげ。七人もいるじゃねえか。七股か。曜日ごとに召し上がる女をとっかえひっかえしてるってことか?スーパーの惣菜じゃねえんだから」
ここで俺は、錦戸から聞いた彼女の名前を思い出す。
天王寺舞。
「天王寺舞さんですか?」と尋ねると、彼女は俺のスマホを乱暴に投げつけ「よく知ってるな。わっちって、もしかして有名人?」と興奮した様子で肯定した。
乱暴に投げつけられたスマホを一度はじいたが、何とかキャッチし、パスワードが解除されたスマホの画面を即座にロックして尋ねる。
「どうしてパスワードを?」
こんな時もあろうかと、4桁の数字は自分に関する数字ではなく、普通では見当もつかないような番号にしたというのに。
「ん?適当にわっちの誕生日を入れたら通ったけど?」
「え、あなたの誕生日って、いつですか?」
「1月19日だけど。何だよ。何かプレゼントしてくれるのか?」
「いや、そういうつもりは・・・」
マジか。0119。まさか幕末の英雄、勝海舟の命日が突破されるとは思わなかった。この世に起こりえる最悪の偶然のように感じられた。
どうして勝海舟の命日に設定したのか。それは、たまたま歴史の教科書に載っていた勝海舟名前を見て、その人の命日を俺の心臓を開ける鍵として起用しようと考えただけである。
だが、そんな努力も虚しく、最悪の事態を招いてしまったので、家に帰ったら、即効でパスワードを変えることを決意する。
う~ん。次は、大久保利通の命日にでもしようか。
おっと、今はそんなことを考えている場合ではない。
俺はすぐに彼女の巨大な身体の前に膝をつき「どうか、このことは秘密にしておいてください」と土下座した。
こうなったら、何が何でも彼女の口を封じるよりほかはない。とはいっても、金も名誉もプライドもない俺に出来るのは土下座くらいであるが。
頭を下げてしばらくしても、天王寺は何も言わないので恐る恐る顔を上げてみると彼女は意味が分からないといった様子で首を傾げていた。
「あの・・、どうかされましたか舞様」
「お前さ。何でここまでして、七股なんてアホな真似やってんの?」
「え、それはもちろん、七人全員優劣なく好きになって、告白されて、特に断る理由が無かったから・・・」
「いや、普通はよ。一人居たら例え好きな人が出来ても我慢したり、あるいは既にいる彼女と別れて新しく付き合ったりするもんだろ」
「そうですね」
「じゃあ、どうしてこうなっちまったんだよ。二股するってなった時に罪悪感は無かったのかよ」
「まあ悪いなとは思いましたけど。でもなんか隠せそうだったんで、どっちかを犠牲にする必要もないかなあと。それに俺、ちゃんと二人とも心の底から大事に想ってたんで」
「なるほど。それを積み重ねて、七股まで来てしまったと」
「そうですね。なんか、イケちゃいました」
天王寺がまるでごみを見るような目でこちらを見つめてくる。まあ、そうみられても仕方ないと思ってる部分はあるので、少し心は痛むが、動揺するほどではない。
「殴るなら殴って下さい。自分でも、彼女たちのことを考えれば殴られるべき人間であることは分かっています。だからどうか、手厳しいのをお願いします」
しばらく天王寺と見つめ合っていると、彼女は突然そばにあった机を叩き、大きな音と共にヤンキー座りで俺と目線を合わせて鬼のような顔を近づける。
「お前よお。ホントど~しようもない奴だな」
あまりの迫力に、俺は目を瞑り、歯を食いしばった。
ああ、やっぱり甘かった。もう終わりだ。手始めに、とりあえず殴られる。
口の中が、血の味がする。どうやら、どこか噛んだらしい。だけど、この数秒後、歯だってどうなるか分からない。
覚悟を決め、表情が歪んだ俺を見て、天王寺が深呼吸する。よし、来るぞ。みんなありがとう。特に七人の彼女たちよ。君たちを悲しませるのは本望ではないが、これもまた仕方ない。
しかし、しばらくしても彼女の拳が飛んでくることがない。溜めにしたって、長すぎないか?そう思って軽く目を開くと、そこには微笑みを浮かべる天王寺の顔があった。
「お前さ、せっかくめちゃくちゃおもしれ~ことやってるのにそんな顔すんなよ。七人同時に好きになって、全員と器用に付き合える男なんて世界中探してもなかなか居ねえぞ。もっと胸張れって」
「え?」
驚きのあまり、声が出なかった。頭の中でいくつも花火が打ち上げられたような光が炸裂する。
「七股男ですよ?どうしてそんな好意的な視線を俺に向けられるんですか」
「いや、一周回っておもしれえだろ。クズ野郎であることは変わりないが、クズも度が過ぎたらユーモアになるんだなって」
ユーモアという単語を聞いて、俺は顎が外れそうなくらいポカンと口を開ける。冗談で言っているようにも見えない。からかっているようにも見えない。彼女は俺の七股を、本気で感心しているのだ。
「それともあれか?お前は自分の七股を女の敵だとか涙を流して喚いたわっちにボロボロになるまで殴って欲しかったのか?」
別に欲しくは無かったけど、恐らくそうなるだろうなと思ったし、覚悟もあった。
素直に頷くと、どうやら天王寺のツボに入ったらしく、「ガハハ」と笑った。ゴリラの雄たけびのようだった。
「何でわっちが絡んだこともない女どものためにそんな面倒なことしなければならないんだよ。よく知らねえ他人の恋愛沙汰に対して何かを想えるほどわっちは暇じゃねえし、資格もねえ。恋愛ってのは、どう頑張ってもアイラブユーにしかならねえだろ。外野がいくら喚いたところで、ウィーラブウィーにはなんねえだろ」
「ウィーラブウィー?」
疑問に思って首を傾げると「ニュアンスが伝わればいいんだよ」と頭をはたかれた。
彼女にとっては軽くのつもりだろうが、こちらにとってはあともう少しで脳震盪を起こしてしまいそうなほどの衝撃であった。
「学校なんてどーせ塀の中にいる家畜のようにつまんねえ奴しか居ないと思ってたけどよ。わっちの思い違いだったわ。ちゃんとお前みたいな奴も、塀の中で常人面して生きてるんだって知って、なんか安心したぜ」
そして彼女は勢いよく立ち上がり、依然として膝を地につけている俺を見下ろし、人差し指を向けた。
『人のこと指差しちゃいけないんですよ!』とまたしても脳内で、生徒会長兼俺の彼女の木原の声が聴こえてくる。
きっと木原ならば、この地球外生命体が相手でもお構いなしなんだろうな。
「決めた!この一年。わっちはお前に付き纏う。お前の七股学園ライフの結末がどうなるか、一番近いところで見届けてやるよ」
こうして、一匹のゴリラを従え、俺の七股ライフが再スタートしたのである。
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