第6話 ゴリラとの出会い

あ、スマホ忘れた。

それに気付いたのは、もう学校から家までの距離が半分ほど過ぎた頃だった。

これが明日の宿題のワークとか、筆箱だったなら諦めてそのまま帰っていただろう。しかし、もはや現代社会に生きる人類にとってスマホとは、もう一つの心臓のようなもの。心臓を教室に忘れて、焦らないはずがない。俺は慌てて体を180度回転させると、心臓へ向けて走り出した。


全力疾走で裏門まで戻ると、日頃の運動不足が功を奏し(?)軽いめまいを覚えた。息切れが酷く、視界が歪む。けれど、俺にはそこまでして急がなければならない理由がある。


それは、俺のスマホにこの七股ライフの全てが詰まっているからだ。4桁のパスワードを付けているとはいえ、もし誰かに運悪く突破され、中身を見られでもしたらもう一貫の終わりだ。俺の七股が詰まったiPhone。いや、iPhone7matを早く取りにいかないと。


校舎へ入り、上履きをケンケンで履くと俺は全力疾走の足を早めた。

「廊下は走らないでください!!」生徒会長であり、俺の彼女でもある木原澪音の叱責が、脳内で反復する。


分かってくれ、木原。これはお前のためでもあるんだ。

大義名分があれば、ルールなど破ってもいいと、テレビに出ていたプロレスラーも言っていた。確か名前は『チョコバニラたけし』と言ったか。俺はそのプロレスラーの事をよく知らないが、今だけは人生を生きる上での指針にさせてもらおう。


3年2組の教室は、西校舎の3階にある。ちなみにうちの高校は、東校舎と西校舎に分かれており、職員室や玄関、保健室などは東校舎。各学年の校舎は西校舎という分類である。


おっと、説明している間にもう西校舎の階段を上がってしまった。これが火事場の馬鹿力というやつか。なんだか今なら、空だって飛べそうな気がする。


そしてとうとう階段を駆け上がり、3年2組の教室が見えた。

頼む。誰も居ないでくれ。


そう願って教室へ駆け込むと、そこには誰も居なかった。人間は。


「ご、ゴリラがどうして・・・?」

ふらつく視界に、一匹のゴリラが映る。ゴリラは誰かの机に腰かけて、誰かのスマホをいじっていた。


「おい、お前今ゴリラって言ったか?」


どうやら聞こえてきたらしく、ゴリラがこちらを見て立ち上がる。その時に初めて、そこが俺の席であり俺のスマホだと気づいた。

聞いてくれみんな。俺は今、ゴリラに心臓を鷲掴みにされている。



縦は190センチ近くあり、横は力士を髣髴とさせる。

何より一番驚いたのが、その筋肉質なボディービルダーのような体。

そんな外見で、オシャレと評判のうちの高校のオレンジ色のセーラー服を着ているのだから、もはやゴリラというよりも、怪物に近かった。


物凄い形相で、近づいてくるゴリラ。


命の危険を感じたが、足が震えて逃げられない。この震えは恐怖から来ているのか疲労から来ているのか、あるいはその両方か。ああ、こんなことなら毎日ランニングでもして鍛えておくんだった。


「い、言ってません・・・」


苦し紛れに言うと「嘘つけ!!!」とゴリラは雄たけびを上げた。鼓膜が一瞬でもってかれそうになる。足の感覚が、無くなってきた。


「昔からわっちの耳はよく聞こえてな。半径10メートル以内だったらどんなこしょこしょ話も聴こえる地獄耳なんだよ。いや、地獄じゃ足りねえ。閻魔耳だ」


とりあえず一人称が「わっち」である点と、このゴリラが日本語を喋れる知性を持っている点、地獄の進化系を閻魔だと考えている点に、ゴリラの身体機能に恵まれた聴覚まで持っていることが分かった。ここから導かれる結論は、一つ。


「う、宇宙人だ・・・」


またしても、意図せずに心の声が漏れてしまう。

殺される。そう思って近づいてくる宇宙人から目を逸らした瞬間。

彼女の太い指が、眼球の寸前のところまで突き付けられる。


「お前、よく見たらもしかしてこのスマホの持ち主か?」


ゴリラは遠いものを見る時のような細い目をして、俺を見つめる。

どうやら聴覚はいいが、視力は良くないらしい。


「ええ、そうですけど・・・」


するとゴリラは表情をパッと明るくさせ、手に握りしめていた俺のスマホを捧げてデカい声で言い放った。


「お前、何股してるんだよ」


スマホの画面には、俺と七人の彼女のあま~い(かどうかは分からないが)やり取りが綴られたトーク履歴が表示されていた。


「とんだクズ野郎だな」

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