第8話 家の中に野生のゴリラが現れた
「付き纏われるのは百歩譲って許したとして」
腰を掛け、背中を丸めて靴を脱ぐ巨体。身体のデカさからして当然なのだが、脱いだ靴もまた、規格外にデカい。この通常の2倍近くある靴が我が家の玄関に並ぶと、いよいよこれは夢なのではないかと思えてくる。
「どうして家にまでついてくるんだよ」
そう、あの後「付き纏う」発言をされてから、天王寺は全力で拒む俺を力づくで屈服させ、とうとう家にまでついて来たのだ。
「いいじゃねえか別に。壊したり燃やしたりするわけじゃねえんだしよ」
「そんなことしてみろ。あと10年もあるローンを毎日コツコツと働いて地道に返してる善良なサラリーマンのうちの親父が白目を向いて君に襲い掛かるぞ」
「それは気を付けないとな。二回くらいそれと似た経験あるけど、あの時は本当に殺されるかと思ったぜ。あんな思いはもうごめんだ」
二回も経験済みであることに驚いている俺をよそに、天王寺は玄関の入り口のそばにある階段を上がっていく。
ミシミシと音が鳴り、その背中を追いかけながら俺はヒヤヒヤする。
彼女を二階に上がらせて、本当に大丈夫だろうか。
床とか、抜け落ちたりしないだろうか。
まさにこいつは歩く災害だな、と巨大な背中を見つめため息をつく。
二階の床も階段も壊れることはなく、何とか自分の部屋まで来れた頃には、もう心配と疲れでクタクタであった。
「それにしても地味な部屋だな。つまんねえの」
勉強机と青の無地のカーペットに木製のシングルベッドが置かれている以外は特にこれといったものが無い部屋を見渡し、天王寺は毒づいた。
「無趣味なんだから。仕方ないだろ」
「マジかよ。じゃあ普段何して過ごしてるんだよ」
「そりゃまあテレビ観たりスマホ弄ったり勉強したり、色々」
「あ~なるほど。お前が七股出来てる理由が何となく分かった気がしたわ」
コイツ。ど~せ無趣味で暇してる人間だから七股する余裕も時間もあると言いたいのだろう。確かにその通りだけど、そんな可哀想な目で俺の何もない部屋を眺めるのはやめろ。傷つくだろ。
天王寺はしあらく俺の部屋を眺めた後、もう見るべきものはないと首を振り、部屋の中央で図々しく胡坐を掻いた。
まったく、生物学上は♀だというのに、品の欠片もないな。
「おい、お前今、生物学上は♀だというのに、品の欠片もないな。とか思ったろ」
「ええ?!どうして分かったの?!まさかエスパー・・・?」
「こうして胡坐を掻いた時、そばにいる男に同じ質問をすると大抵お前と同じことを言う。その経験をエスパーというのなら、そうなんだろうな」
彼女は平然としていたが、何だか悪いことを思ってしまったなと反省した。
散々ゴリラだの地球外生命体だの言ってきたが、天王寺もまた、正真正銘の♀、いいや、女であることを再確認する。
「ところでよ。まずはお前の彼女全員と会わせてくれや。出来ないって言ったら七股の噂をばらまく」
前言撤回。やっぱりこいつは女などではない。悪魔を通り越して、魔王だ。
「会わせるって、君と?」
「当たり前だろ。他に誰が居るんだよ。父ちゃんか?いつもローン返してくれてありがとって、七人の女と引き合わせるのか?中年の親父にとって、生身のJKはまさに道端に転がってる宝石のようなものだからな。喜ぶぜ」
「分かったから。会わせればいいんだろ会わせれば。それにうちの親父はどちらかというと熟女の方だから、JKを奉納したところで困惑するだけだよ」
俺の了承を得ると、天王寺は「よし!!」と雄たけびを上げると共に立ち上がり、カーテンを開いた。
「じゃあ早速、あいつに会わせろ」
天王寺の太い指が示したのは、家が隣同士である幼馴染の日野朱里の家だった。
「どっ、どうして知ってるのさ!!」
慌てて天王寺に詰め寄ると、彼女はニヒヒといたずらっぽい笑みを浮かべ、俺のポケットに入ってあるスマホを目で示した。
『今日、うちの両親夜まで帰ってこないから。一緒にご飯とか、どう?』
そして、勝手に頭の中で築き上げた日野のモノマネ風の言い方をしてくる。
「たまたま隣の家の表札を見たら、そのラインの女の子とおんなじ苗字だったから。ハート。だってよ。くう~。青春だねえ」
奇蹟的に少し似てるのも、なんだか腹立たしかった。
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