第9話 日野と天王寺

「なあ、ホントに会うのか?」


「何言ってんだよ。お前に拒否権はねえからな」


天王寺は心の準備というものがないのか、家を出て日野家の前に行くとすぐに玄関脇のインターホンを押した。


「は~い!!」


中から、快活な女の子の声がする。日野朱里の声だった。


ドアが開かれた瞬間、彼女の姿が露わになる。制服に身を包んだ、ちょっと小柄な女の子。どこにでもいるような平凡な顔立ちだが、俺にとっては、特別な幼馴染であり、恋人の顔。


日野朱里。彼女は前下がりボブの髪を掻き分け、俺の隣に居る得体の知れない生物のことを目を丸くして見つめていた。


「アンタが日野朱里か。こいつと同じクラスってことは、わっちとも同じクラスって訳だな。それにしても、ちっこい女だな」


君から見れば、大抵の人間がちっこく見えるだろうね。

心の中でそうツッコみ、俺は日野に笑顔を作って「ごめん。なんか、ついてきた」と両手を合わせて謝る。


日野は混乱がピークに達したのか、「し、失礼します!!」と家のドアを思い切り閉めた。


「おい!閉めんな!!」

当然怒り、ドアを叩いて抵抗する天王寺。


「泥棒とでも思われたんじゃないの?」と軽口を言うと、彼女は真剣な顔をして「お前、わっちが泥棒なんてするように見えるか?」と返す。


「そうだね。確かに泥棒なんてする顔には見えないね」と身の危険を感じ慌てて訂正する。


それにこそこそ何かを盗む彼女は想像がつかない。どちらかというと、相手をボコボコにしてでも強引に奪い取る、強盗の方が近いか。


天王寺によって3度目の大規模のノックがされようとした時、ドアはもう一度開かれ、すっかり怯え切った日野がひょっこりと顔だけ出した。


「おいおい。クラスメイトが家にはるばる家に訪ねてきてやったのに閉めんなよ」


天王子は腕を組んで、日野を見上げる。


「すいません。鬼が出たと勘違いして、思わず」


声を震わせながら言う日野を指さして、「お前の彼女は礼儀というものを知らねえのか」と機嫌悪そうに俺に向かって吐き捨てた。


「いや、初対面の人の家のドアをガンガンノックするのも、かなり失礼なことだと思うけど」


「確かにそれ、言えてるな。仕方ない。喧嘩両成敗ということでその無礼、許してやる」


変なところで話が通じるのだから、おかしな生物である。日野が頭を下げつつ、その困惑した視線を俺に向ける。


訊きたいことは山ほどあるだろうが、如何せんこの状況をよく理解していないのは俺も同じだ。今はただ、流れに身を任せるしかない。



そんな想いをウインクに委ねたが、いくら幼馴染とはいえそんなテレパシーのようなコミュニケーションが取れるはずも無く、日野は怪訝そうに首を傾げた。


「んじゃ、お邪魔しま~す」


そうこうしているうちにドアを無理やりこじ開け、乱暴に靴を脱いで中に入る天王寺。


日野はポケットからスマホを取り出し、何か検索をし始めた。

そしてその数秒後「ど、どういった用件ですか!?普通、用件もなしに家に入ってきた里しませんよね?」とマイペースに家の廊下を観察している天王寺に迫る。


「用件って。ただ、そこのパッとしない男をあえて選ぶような物好きな女がどんな面をしているのか拝みに来ただけだけど?」


その瞬間、日野の鋭い視線がこちらに向けられる。

「教えて大丈夫だったの?!」


当然、日野とも鉄の掟の規定は結んでいる。そのため、同じ学校の生徒が自分たちの関係を知っているのに驚くことは当然であった。


「大丈夫というか、事故のようなものだったから。成り行きで。仕方なく」


「そーそー。まさかこいつが七人も・・・」


七人、という単語を口にした瞬間、空気が固まる。俺はもちろんのこと、天王寺でさえもまずいことを口にしてしまったといった表情を浮かべ、目がぐるぐると泳いでいる。


「七人も、、どうしたんですか?」


不審に感じたのか、日野が天王寺に詰める。すると天王子は太い指でポリポリと顎を掻き、そしてパッと思いついたような明るい表情を浮かべて頷いた。


「そうそう。まさかこんな中年の抜け落ちた髪みたいな奴にラインの友達が七人も居るとはな。しかもそのうちの一人が彼女ときたもんだからびっくりしてデカい屁こくところだったぜ」


天王寺の知性の欠片もない乱暴な物言いに、苦笑いを浮かべる日野。

とりあえず、上手く誤魔化すことは出来たか。

それよりも、中年の抜け落ちた髪とはなんだ。どれだけ心が荒んでいたら、人をそんなものに例えることが出来るんだ。


天王寺は一通り廊下を見渡すと、「そろそろお前の部屋行こうぜ。どうせ二階だろ?」と階段を上がろうとする。リビングルームなどのその他の部屋には入らず、あくまで廊下とその人の部屋のみで済ませようとするのは、彼女なりの礼儀なのか。


しかし、その申し出を日野に行うのはまずい。


そう思って止めようとした瞬間、それまでずっと、スマホを弄っていた日野が物凄いスピードで天王寺の前に立ちふさがり、「ダメです!!絶対にダメ!!!」と両手を広げてガードし、大声を上げる。


「何でだよ。別にわっち、部屋が汚いとか気にしねえぞ」


「へ、部屋だけは、絶対にダメなんです!!!ふ、普通じゃないんで私の部屋!!」


顔を紅潮させて抵抗する日野。彼女はその間もこっそりとスマホを弄って何か画面を確認していた。


「てかお前。さっきから何確認してんだよ」


天王寺は日野からスマホを無理やり取り上げ、画面を確認する。


「『苦手な人が家に入ってきて絡まれた時の対処法』『苦手な人を家から追い出す方法』『嫌いな人を納得させる方法』って。なんだこの検索履歴。そんなもん、スマホに頼らないで自分で考えろよ。てか、最初は苦手な人だったのに、最後には嫌いな人になってるし」


「すいません!ふ、普通はこういう時、どうすればいいのかなって。それに、嫌いじゃありません!!」


「今更誤魔化そうとしたって遅いわ」


天王寺はため息をつき、「あ~傷ついたわ~」と棒読みで呟いた。


身体だけではなく、メンタルも鋼らしい。


「てかさ、お前。さっき、普通の部屋じゃないって言ったけど逆に普通じゃない部屋ってどんな感じなんだ?」


「え、普通じゃないっていうのは、その、他の人とは違った部屋で・・・」


「いや、だとしたら普通の部屋なんてないだろ。だって、誰もが違う部屋なんだから」


「ニュアンスで分かるだろ。普通じゃないってことは、人と比べてかなり変わってる部屋なんだよ。だから、見られたくないんじゃないか」


言いくるめられそうな日野をフォローすると、天王寺はふ~んと納得いかなそうに頷いた。


「最近の若者はよ、どうしてそうやって普通じゃないことを隠したがるんだ?」


天王寺は、日野を見下ろしながら尋ねた。


「なあ。普通であることって、そんなに大事なのか?」


スマホを取り返そうと動きを見せる日野の手をあっさりかわし、「誰かの借りものじゃなくて、お前の意見が訊きたい」と天王寺は一喝した。


日野はビクつきながらもしばらく考え、口を開いた。


「普通通りやってれば、間違いないから」


「そんなことどうして言い切れるんだよ。現に今、お前は間違いを繰り返した結果、こうして得体も知らない大女に詰め寄られてるじゃねえか」


「いいえ、間違いではありません。きっと私の思う通りに動いていたら、もっと事態は深刻なことになってました」


「これ以上深刻な事態ってなんだよ」


「えっと、、、放火とかじゃないですか。普通に考えれば」


「どうしてお前といいあいつといいそんな物騒な発想にいきつくんだ。てか、普通に考えて放火って、どういうことだよ」


すっかり呆れ果てたのか、段々と口調が弱まっていく天王寺。


その弱まったことによる隙を突いて、彼女の右手からスマホを奪い返す日野。


「それに、間違っていたとしても、私は普通で平凡な女の子でいなければいけないんです」


日野は、自分に言い聞かせるようにしっかりとした口調で言った。

その姿を見て、俺はつい目を逸らしてしまう。


「その考え方はもはや、普通じゃねえんじゃないか?」

天王寺が自分の空いた右手を眺めながら、口にする。


しかし日野は、首を横に振って言った。


「いいえ。普通です。誰が何と言おうと、私は普通で平凡な女の子。だから、この先にある部屋だけは絶対に誰にも見られたくないんです」


日野の頑固な姿勢に根負けしたのか、「分かった分かった。諦めるよ」と天王寺は頭をポリポリ掻きながら階段から遠ざかる。


「お前が自分のことを普通と言い張ったって、私相手に臆せず自分の意思を貫けてる時点で、かなりぶっ飛んでるよ」


天王寺は日野に背を向けながら、そう口にする。

そして彼女はゆっくりと歩きだし、「嫌いな人が家から出て行きますよ~」と軽い口調で呟く。


そして靴を履きながら、「だけど」と続ける。


「お前が『普通』であろうが、なかろうが、わっちはお前のこと普通に好きになったぜ。やっぱこいつと一緒に居れば、退屈しなそうだな」


そう言って乱暴に俺の肩を叩く。


「だからそれやめろって。普通に折れそうになる」


「それはお前が貧弱すぎるだけ」


そんなやり取りをしながらドアを開ける天王寺に向かって、日野が「待って」と口にした。


「どうして私、あなたに何もしたつもりないのに好かれたの?」


すると天王寺はめんどくさそうに振り返ってだるそうに言った。


「知らねえよ。人の好き嫌いの理由なんて、イチイチ説明出来ねえだろ。普通」


天王寺は「じゃあな」と右手を上げて言葉を締めくくり、ドアが閉じられる。


日野は閉じられたドアを、茫然とした様子でずっと見つめていた。




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