第46話 彼との出会い ~火野円佳~

私が太郎と初めて出会ったのは、高一の入学式の日。


逃げてこの学校に入った負い目から、入学式にも関わらず私の廊下を歩く足取りは重かった。


気分が上がらず、俯いた状態で歩いていたら、目の前で立ち止まっている背中に気づかなくて、思い切り激突してしまった。

それが、田中太郎だった。


「ウグッ!」


元々歩くのが早い私なので、結構勢いよく衝突してしまい、彼は唸り声を上げてその場から崩れ落ちた。


「す、すいません。大丈夫っすか?!」


私は慌てて膝を折り、彼の背中を擦った。


「にゅ、入学早々俺に何の恨みが・・・」


「いや、わざとじゃないですって」


かなり急所をついてしまったらしく、彼はしばらく立ち上がることが出来なかった。


その時期はちょっとイライラしていたこともあって、いつまでも痛がっている彼に対して私は、自分からぶつかっておいて「脆いんですね。身体」と嫌味っぽい言葉をかけてしまった。


「わ、悪かったですねひ弱な男で」


彼は私の顔をちらりと見てそう呟くと、すぐに立ち上がって、痛そうに自分の背中を擦りながら去っていった。


それが最初の絡みで、次に出会ったのは二クラス合同での体育の授業。

確か、6月ぐらいだったか。


徒競走の授業だったのが、先生の気分でクラス対抗の全員リレーをすることになり、そこで同じ23走者として走ることになったのが、当時一組の太郎だった。


列に並んで、隣同士になった私たちは、顔を合わせるなり「ウゲ」とお互いに苦手意識を隠すことなく気まずい表情を浮かべた。


「お、俺が前走ってても、後ろから頭突きなんて真似はやめてくれよ」


「は、はあ?!!するわけないだろそんなこと。てか、私を凶暴女扱いするのやめなさいよ」


「え、違うの?」


「違うわボケ!」


そんな喧嘩をしている間に、私たちの番が来て、太郎の組の方が一足早くバトンを繋ぐ。


基本的に負けず嫌いの私は、少し遅れてバトンを受け取ると、太郎の背中を目がけて全力でダッシュした。


まだその頃は私が陸上部であるという認知度も、まだクラスの中では低かったため、私の走りを見るなりどよめきが起こった。


土のグラウンドでなおかつスパイクも履いていなかったので走りにくくて仕方なかったが、無我夢中で太郎を追いかけているうちにどんどんとスピードが上がっていき、半周もしないところであっという間に彼を追い抜いた。


そのままペースを緩めず、どんどんと彼を突き離していった私は最終的に彼に大きく差をつけて次の走者へバトンを託した。


「おい、早すぎだろ」


運動が苦手なのか、あのスピードでこれっぽっちの距離を走っただけなのに、まるでフルマラソンを走り切ったような息のあがり方をした彼が、私に非難の眼差しを向ける。


それもそのはず。彼が差をつけられたせいで二つの組の差はどんどんと開いていき、私たち2組の勝利は確実と思われたからだ。


「全然、早くないよ。私なんて」


彼の言葉を、普通に「ありがと」と流せるほど私は大人ではない。

少し含みのある言い方をすると、彼は特に反応することなく「そっか」と頷いた。



「でも、素直に俺はカッコいいと思ったけどな。好きだよ、お前の走り」


その瞬間、私の中の歯車が大きく動き出すのを感じた。


止まっていた時間が動き始め、何やら新しいことが起こりそうな、そんな感覚。


「あ、ありがと。それは素直に、嬉しい」


思わず彼から目を逸らし、走者を見ながら伝える私。

全身が熱かったのは、きっと全力で走ったせいだ。


結果、リレーはその後一組の大逆転勝利で終わった。

私はその後、クラスを問わず、その走りぶりを大絶賛されたのだが、いくら称賛されても、彼に言われた時のように素直に喜んだりすることは出来なかった。



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