第47話 彼への告白 ~火野円佳~

それから太郎と私は、廊下ですれ違えば軽く世間話をするような関係になり、気がついたら私の中で彼の存在は大きなものになっていた。


その頃には私が陸上から逃げてこの学校へ来たことへの負い目も薄れており、このまま陸上への思いを断ち切るために、恋人を作りたいと思い始めていた頃だった。


恋人と聞いて、まず最初に浮かんだのが彼の顔だったときは、寝室の布団の上で「ないないない。あんな地味な奴」と枕に顔を埋め、恥ずかしさのあまり足をバタバタさせた。


しかし、日にちが経てば経つほど、彼をより強く意識するようになり、末期の頃には「好きだよ、お前の走り」という太郎の言葉が四六時中聞こえてきて、夢の中でほぼ毎日彼と遭遇するくらいだった。


そのため、たまたま廊下ですれ違った際に、これまでのようにまともに目を合わせて喋ることが出来なくなってしまった。


「どうしたの。最近なんかおかしいよ。もしかして、俺の事嫌いになった?」


遂に私の異変に気付いた彼の言葉に、私は首をどちらにも振ることが出来ずに、人並以上はある持ち前の脚力でその場から逃げ出した。


今まで陸上しかやってこなかった私だ。恋人の作り方なんて、知る由もない。

それどころか、これが恋なのかもよく分かっていないのに、むやみに気持ちを伝えて迷惑しないだろうか。


かと言って、この感情を胸の内だけに留まらせておくのは、私の性格上無理そうだ。


何事も、はっきりしなければ気が済まない性格。

この混沌にも似た感情を、胸の内で放置したままにしておくのは、私にとって部屋の中のいるゴキブリを放置するに等しい。


「た、太郎きゅん!!」


意を決した私は、一組の教室の前で太郎を待ち構え、彼が出て来たところで強引に腕を掴み、ひと気が少ない中庭まで誘拐した。


「きゅん?」


放っておいてくれればいいのに、わざわざ噛んだところをツッコんで首を傾げる彼。


「う、うるさいな!!」


私はかなりの力で彼の背中を叩き、告げた。


「大会、見に来てくれないかな?!」


いきなりの告白は、さすがに難易度が高かった。まずは、彼との距離を近づけるきっかけを作る。ここ数週間夜通しでスマホや本で調べた結果、この結論を出した。恋愛も陸上も、ペース配分が大切。無理な全力疾走は、怪我を招くだけなのだ。


そこまでシミュレーションしていてもやはり、心臓の鼓動は高鳴る。まだ、大会に誘っただけなのに。


「うん、いいよ」


彼の返事は、私の振り絞った勇気に反して、驚くほどに呆気ないものだった。


「いつあるの。それ」


「あ、明日だけど・・・」


「はあ?!もっと早く誘ってくれよ」


「ご、ゴメン・・・」


「まあでも、問題なく行けるけどさ。ほら、基本俺、暇だし」


彼が来てくれると分かって、その日の夜、私は興奮と緊張で眠ることが出来なかった。大事な大会前なのにこんなんじゃだめだと思いながらも、致し方ないと受け入れている自分もいた。


寝不足のまま、臨んだ大会だったけれど、地区大会ということもあって全体でも一位という成績で終えることが出来た。


「凄いよ火野!かっこ良かったよ!!」


部が解散した後、密かに待ち合わせを彼と合流するなりそう褒められ、レースについての話をしながらスタジアム近くの公園まで訪れ、そこのベンチに並んで座った。


「褒め過ぎだよ太郎君。私より速い人なんて、世の中にはいくらでもいるんだから」


私のレースを大絶賛する彼に、照れながら言った。


すると彼は「タイムとかじゃなくてさ」と興奮そのままに私の意見に反論する。


「いつもは身近な人があんなに大きな舞台で一生懸命に走って、そこで見事に結果を出すその姿に俺は心を動かされたんだよ。例え火野より速い人のレースを見ても、多分俺はここまで感動しない。他でもなく火野だから、ここまで感動したんだよ」


一言一句、噛みしめるように彼は言った。


その言葉を聞いて、私はもう自分の感情を抑えきれなくなって気づいたら彼の頬に自分の唇を重ねていた。


「・・・え?」


彼はそう呟いた瞬間、私は我に返って、慌てて顔を離し、「ホントにゴメン」と謝った。ああ、もう死んでしまいたい・・・。


恥ずかしさのあまり、勝手に自分で悶絶していると彼は少し頬を紅く染めながら「全然いいよ」と言ってくれた。


その言葉と彼の表情を見聞きした瞬間、私の中の心の糸がプツンと切れる音がした。


もう、どうにでもなってしまえ。


本能のまま、今度は彼の唇に自分の唇を重ねる。


差し込む夕陽がスポットライトのように私たちをしっとりと包みこむ。


いつまでそうしていただろうか。

公園の前を車が通り過ぎたのを契機に唇を離した私は、壊れそうなほどに高鳴る心臓の鼓動を感じながら、彼の横顔を見てはっきりと告げた。


「好き」と。




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