第49話 地区総体 その6

全プログラムが終了し、スタジアムにはオレンジの夕陽が差し込んでいた。


ついさきほどまでは、あれほど白熱していたこの空間も、今では祭りの後のように寂然としている。


「そろそろ、行こうぜ」


なぜか試合が終わり、会場が静かになってから目を覚ました天王寺の合図で、俺と日野と月島と錦戸の四人は立ち上がる。


「いやあ、案外面白かったな。陸上」


「いや、君は半分以上爆睡してただろ」


「はあ?!!寝てねーから。目を閉じて耳で感じてただけだし」


「音楽じゃないんだから。スポーツを聴覚だけで楽しむとか、どんな縛りプレイだよ」


スタジアムの出口へ向かいながら特に何の意味もない会話を繰り広げていたところ、「縛りプレイ」という単語に反応する人物が二人。


「あら。もしかして太郎君、縛りプレイが好きなの?拘束系はレパートリーに入ってないな~」


明らかに間違った解釈をしている月島。


「わ、私だって縛りは得意だし!好きなら、今度見せてあげるよ」


そして月島に対抗して正しい解釈をしている日野が反撃。


あと、そっちの縛りは別に好きでも何でもないから。

こ、こっちの縛りは・・・まあ、嫌いか好きかの二択で言ったら、嫌いとは答えないかなあ。


なんて、そんな下らない妄想をしている場合じゃないのに。


スタジアムを出て、その広大な運動公園の敷地をゆっくりと歩いている際に、俺は意を決して立ち止まった。


「ごめん。ちょっとスタンドに忘れ物をしたから先帰ってて」


その言葉に対する反応は、人それぞれだった。


天王寺は「お前よく忘れ物するな。馬鹿だなあ」と笑い、錦戸は「どうした?もしかして気になる子でも見つけたか?」と二やつきながらからかい、月島は全てを察したように頷き「行ってらっしゃい」と言い、日野は真剣な顔で「私も行く」と近寄ってきた。


「いやでも、結構遠いぜ?」


これから行くところに、日野を連れていく訳にはいかないのでやんわりと拒否したが、日野は「平気」と強い口調で言い、俺のそばを離れようとしない。


「何だよ普通女。こんな奴甘やかすことねえって。一緒にコンビニでアイス買って帰ろうぜ」


天王寺にしては珍しく、良いフォローをする。てか、素で言っているだけでフォローをしているつもりは無いのかもしれないが、どちらにせよ今は凄くありがたい。


「あ!私、ベットベトのグッチョグチョのやつが良いなあ~。ほら、そこのコンビニでアイスでも食べながら一緒に太郎君を待ちましょ?太郎君と一緒に忘れ物を取りに行っても、アイス以上に魅力的な出来事なんて起こらないと思うけどな~」


月島に関しては、お手本のような見事なフォロー。うん。ちゃんと凄くありがたいと思ってるから体をくねくねさせてこっちを見ながらアピールするのやめてくれないか。今は別にムラムラ欲してないから。


ここまで言われたら、元々空気を読む傾向にある日野なので、一緒に行くことを諦めて天王子達の方へ駆け寄った。


あるいは単純に、俺がアイスに負けた説もあるが。


てか、割と日野の嬉しそうな顔を見ると、もはやそっちの可能性の方が高そうだった。


助かったけど、なんか悔しい。


ともかくも、二人のお陰で無事に円満にみんなと別れることの出来た俺は、急いでスタジアムをぐるっと回り、サブグラウンド近くの成駿陣地の方へ走る。


多くの高校の陣地が集まるサブグラウンドの付近には、陸上部員と思われる人がまばらにぽつぽつといるだけで、ほぼほぼ解散しているらしかった。


去年の秋の新人戦の時も、会場が同じだったので、まさにこんな風景が広がっていた。

幾つもの木がオレンジ色に照らされ、カラスの鳴き声が夕暮れ時を知らせている。


その木々の間に今日激戦を繰り広げた選手らが使っていたテントや物品が丁寧に並べてある。テントは綺麗に折りたたまれた状態だ。


緑に囲まれているためか、空気が綺麗で、息をすると何だか心地よくなる。


そんな神聖とも思われるこの独特の空気感の中で、立ち並ぶ木々の中でも一際大きい一本の大木にもたれかかって下を向いている、一人の女の子を発見した。


その瞬間、木々の葉を揺らす強風が吹いて、その子のベリーショートの髪を乱した。


その乱れた髪を右手で気にしながら、こちらに気づいた彼女が目を大きく見開いた状態で見つめてくる。


「太郎」


夕陽をバックにオレンジ色に輝く火野の姿に、俺はしばらく見とれてしまった。


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