ゴールデンウィーク編

第53話 黄金の週

4月30日。土曜日。


日本人ならば誰もが心待ちにしている、春の大イベントが遂に訪れた。

その名も、ゴールデンウィーク。


奇跡的に4つの祝日がこの期間に集中したことで、間の平日を休みにすることで長期連休にしやすく、まさに春の大型連休と呼ばれるほど、今の日本には欠かせない黄金の週と言われるにふさわしいイベントである。


そのため多くの庶民は、観光や帰省などで長距離を移動する場合が多い。

だがしかし、それは俺からするとあまりにも愚行である。


なぜ、せっかくの連休なのにわざわざ疲れるような真似をするのか、疑問で仕方ない。


やっぱり、ゴールデンウィークも年末年始も、寝るに限る。


最近(主に地区総体)、色々なことが起こりすぎて心身ともに疲弊していたので、ここで回復して心機一転また頑張ろうと、俺はスマホの画面で午前11時という時刻を確認すると、再び布団に潜り込んだ。


とは言っても、既に昨日14時間睡眠を取ったばかりなので、目を閉じてもなかなか眠りにつけない。

だが、これがまたいい。


特に何をするわけでもなく、ただ布団の上でゴロゴロして時が過ぎるのを待つ。

これは恐らく、ハワイのビーチが見える五つ星ホテルで高級ディナーを楽しむことよりも贅沢なひと時だろう。


お金を一銭を払わずとも、こんなに素晴らしい幸せが転がっているというのに。

その幸せに気づくことの出来る同士とは、きっと友達になれないだろう。

なぜなら、一緒に遊びに行くという発想が湧かないから。


「ああ、なんて平和なんだ」


俺はこの幸せをさらに実感するため、あえて口に出して言う。


「平和なのは、お前の頭ん中だろ」


そう呟く天王寺の声が聴こえた気がして、俺はハッと起き上がったが、部屋には誰も居なかった。


それもそのはず。彼女は今、何故か応募すらしていない懸賞に当たって、家族と旅行に行っているのだから。


まったく、こんな幸せな時間を過ごしている時まで彼女の幻聴が聴こえてくるようになったなんて、俺は本格的に呪われたのかもしれない。


だが、大丈夫。この平穏な日々は今日を含めてあと6日間も続く。


さすがにこれだけ天王寺と会わない日々が続いたら、さすがに一時的とは言えども彼女の呪縛から解き放たれるはず。


つまり、俺の勝ち。


逃げるが勝ちということわざから派生して、寝るが勝ちということわざも作るべきだと思う。


きっと、流行語大賞間違いなしだろう。知らんけど。


『勉強合宿のホテル、思ってたよりも子供っぽくてアタマに来てる。でも、ちょっと楽しみ』


昨日は完全にスマホを放置していたので、少し溜まってしまった彼女たちのラインに返信すべく、ラインの画面を開いた。


まずはこのGW期間、特進クラスの勉強合宿に参加している水森から。


『はしゃぎすぎて転ばないように、気をつけて』


よし、次はもうすぐ生徒会選挙があるため、解散の時期が近い生徒会の重役たちと一年間の疲れを癒すために旅行へ行っている木原。


『GW明けから、選挙管理委員会の活動が始まるそうですが大丈夫ですか?私に何か出来ることがあれば、遠慮なく申し出て下さいね。それと、連休といえ不規則な生活はetc…』


『あなたはとりあえず旅行を楽しみなさい』


次は地区総体を終えたばかりの火野。この連休は、部活の合宿があるらしい。とはいえうちの高校だ。合宿とは言っても、練習よりも遊びに重きを置いたただの旅行である。


『練習場所から遠いのは少し不満だけど、浴場がプールみたいになってて凄いんだよ!あと、廊下も広いし長いしサイコー(よく分からん脚の絵文字)』


『お風呂で泳ぐな。廊下は走るな。そして、なんかその脚臭そう』


4人目。モデルとして撮影をこなしている土屋。こちらは写真付き。それも、海に向かって白いワンピース姿の土屋が楽しげな表情で叫ぶシーン。


『問題です。私は今、どこにいるでしょーか?」


『海』


よし、次。別の彼氏と旅行中だという月島。


『大丈夫。心配しなくてもしてないよ』


『何をだ。大体わかるけども』


さて、こんなところか・・。


全く、彼女が七人もいると連絡を返すのがしんどくて仕方ない。


あれ?そういえば珍しく日野からの連絡が無いな・・・。


天王寺と同じように家族旅行をしていることは知っているのだが、それも直接本人から聞いたわけでは無く両親から聞いた話だった。


やはり地区総体以来、日野はどこかおかしい。

この間までの積極性は影を潜め、それどころか俺を避けているようにさえ感じられる。

GWが空けたら、彼女とは一度、きちんと話す必要があるだろう。


そして、俺の七人目の彼女、金村理香は留学中なので日本特有の文化であるGWは関係ないと・・。


これで役目は終えたとスマホを閉じかけたその時、閉じるんじゃねえと言わんばかりに着信音が鳴る。


相手は、まさに今ちょうど噂をしていた金村だった。


「もしもし」


「ごきげんよう太郎さん。理香です」


まさにお嬢様といった上品な喋り方と人気声優のような美しい声に、電話越しにさえトキメキを感じてしまう。


「久しぶり金村。で、異国の地からどした?」


「ふふふふふ。異国の地、ですか。ちょっと、窓から外を見て貰ってもよろしくって?」


おっと、これは・・・。


少し嫌な予感がする。恐る恐る窓の外を見ると、そこには黒塗りの高級車と、すぐそばにアメリカにいるはずの金村が、満面の笑みでこちらに全力で手を振っていた。


「どうです?!驚きましたか?わたくし、金村理香。太郎さんをお慕いするあまり、海を越えてはるばるここまで遊びに来ちゃいましたわ」



この瞬間、俺の黄金の週は、無情にも終わりを告げた。




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