第15話 新入生の探し物
正面玄関から校門まで隅々まで確認したが、町田結衣の落とし物は無かった。
この時点ですでに多くの新入生から、先輩二人と何やら探し物をしている女というイメージが町田にはついてしまっているが、本人は探し物に夢中で、それに気付いてはいなかった。まあ、出だし早々先生に怒られる女のイメージを持たれるよりは、幾分かこちらの方がマシと言えるか。
「どこら辺で落としたとか、見当はつく?」
校門付近で、俺と木原の後ろをひょこひょこと歩く町田に向かって質問する。
すると彼女は泣きそうな顔をしながら「すいません。すいません」と何度も頭を下げた。手掛かりはないということか。
これは、校外に落とした可能性も充分にありそうだ。
そうなると、捜索範囲が膨大に膨れ上がるのでいよいよ入学式に間に合うか微妙なところになってきた。
本人も近場になかったことにより意気消沈している様子で、半分諦めた表情を浮かべている。
その沈んだ肩に、木原は優しく触れる。
「大丈夫。きっと見つかります。ここまで登校してきた道は覚えていますね?もう一度、校外へ出て辿ってみましょう」
木原の励ましに、町田も少し表情が明るくなり、「はい!お願いします!」と力強く返事する。
この木原の対応に、俺は流石だなと感心する。
木原本人も、俺や町田には言っていないが入学式へ向けて、生徒会長ならではの下準備や仕事などがあるのだろう。本当ならば、俺と一緒に受付をするほど暇ではなかったはずだ。
それなのに、その不安や焦りを一切見せることなく、たった一人の新入生に心から寄り添っている。
木原のそんなところが、俺は一番好きだった。
しかし、そう簡単に見つからないのが、探し物という存在である。
5分ほどかけて、彼女の通学路を引き返しながら探しても、見つからない。
「受付終了まであと10分ですって。引き返す時間を含めたら、そろそろまずいかもしれないです」と、木原が腕時計を見ながら俺に耳打ちをする。
ちなみにその腕時計は、俺が去年の彼女の誕生日にあげたもので、値段は1万円以上する。
もうじんわりと諦めムードが漂ってきたせいか、ずっと腰を落として地面の隅々まで探していた町田もとうとうその動きを止め、何度も鼻水を啜る音を出した。
慌てて俺たち二人が駆け寄ると、町田は顔を上げ、ついに涙があふれてしまった。
「すいません。私、電車で1時間くらいかかる田舎から来て。どうしようもないくらいドジなんです。両親には何度も『お前が電車で都会の高校になんて通える訳がない』って、何度も反対されたんですけど、私、どうしてもこの高校に入りたくて。反対を押し切って、一生懸命勉強して、今日を迎えたんです。だけど、やっぱり無理だったのかな。初日から、こんなやらかし、普通ありえないですよね。この先も、きっとたくさんの人に迷惑をかけちゃう。これならいっそ、入学なんてしない方が・・」
「そんなことは絶対にない」
え?と俺を見上げる町田。その歪んだ表情に、俺は優しく微笑みかける。
「大丈夫。学生証を落とすことくらい誰にでもあるさ。俺なんて入学式の日にちを勘違いしてて、家でゴロゴロしているうちに式典が終わってたんだから。それでも今は、それなりに幸せな高校生活を送れてる。迷惑だって、恐らくこれから結衣ちゃんが3年間で掛ける迷惑の100倍は掛けてる。それにこうして一緒に学生証を探すことで俺たちに迷惑が掛かってるんじゃないかと思っているんだろうけど、それは違う。俺たちはただ、先輩として新入生の結衣ちゃんに晴れ舞台である入学式に参加してもらいたいから一緒に探してるだけで、迷惑だなんてこれっぽっちも思ってない。高校とは、そうやって多くの人が支え合って過ごしていく場所だ。迷惑だって、たっぷり掛けていいんだよ」
話をグーサインで締めくくり、俺は覚悟を決め、捜索を再開する。
木原が「さ、まだ諦めるのは早いですよ」と立ち尽くす町田を促し、三人でもう一度学生証を探す。
地面に落ちていないか探すために下を向いたその時、目の前が巨大な影に覆われる。
「おい、何やってんだこんなところで」
顔を上げると、そこにはチュッパチャップスを三本も咥えた天王寺がこちらを見降ろしていた。
「うわ、びっくりした。君こそ、在校生の登校時間はとっくに過ぎてるというのにこんなところで何をやってるんだ」
「そりゃお前、遅刻したに決まってんだろ」
見よ、町田。世の中には、人に迷惑を掛けることに対して何とも思っていない奴もいるのだから、そんなに気にすることはない。
「えっと、天王寺さん。ですよね?」
勇敢にも、木原が目の前の怪物に話しかける。
「ああ、そうだけど」とぶっきらぼうに答える天王寺。
「今私たちはこの子の学生証を探しているのですが、知りませんか?」
なるほど。今登校してきた天王寺ならば、どこかで町田の学生証を拾っていても不思議ではない。
「学生証?」と、天王寺は町田の顔を確認するためにグッと顔を近づける。
当然、怯える町田。大丈夫、そいつの顔を人間と思わなければ、意外と怖くない。
すると天王寺は閃いたように「あ!」と声を上げた。
「知ってるのか?」
訊ねると、天王寺は罰の悪い顔を浮かべて「ま、まあ」と珍しく煮え切らない態度を示した。
「お願いです!あともう少しで入学式が始まってしまいます。ですのでどうか、些細なことでも・・・」と懇願する木原。
彼女の圧力に負けたのか、天王寺は顎をポリポリと掻きながら、スカートのポケットから二つにぱっくり割れたプラスチックのカードを取り出す。
よく見ると、それこそが町田結衣の学生証であった。
「わりぃ。さっきこれが道端で落ちてるのを見かけて、拾うときにうっかり力加減を間違えてよ。見事にぱっくり割れちまった」
一体どのように力が伝われば拾うだけでプラスチックが真っ二つになるというのか。正直、彼女のその規格外のパワーに噴き出しそうになったが、それではあまりにも町田結衣が可哀想なので、ここは怒っておくとしよう。
「おい、馬鹿力にもほどがあるでしょ」
「仕方ねえじゃねーか。もう少し丈夫な作りにしてないのが悪い」
「充分丈夫だっての!」
俺が天王寺に迫った瞬間、町田が「だ、大丈夫です!!」と割って入った。
「あ、ありがとうございました。拾って下さって。全然、手元に戻ってきただけでも充分ですので!!か、感謝です!!」と天王寺に頭を下げる町田。
すると天王寺は「お前、いいやつだな」と少しほっとした表情を浮かべる。
本人がそう言うのであれば、これ以上天王寺を責める理由はない。
俺は木原の方を振り返り、「割れてても大丈夫そうか?」と訊ねる。
「はい。粉々にはなっておらず充分確認も取れるので大丈夫だと思います。天王寺さん、綺麗に割って下さりありがとうございます」
そのお礼の仕方はどうかと思うぞ、木原。
全てが丸く収まったところですぐに駆け足で高校へと戻る。
走りながら、町田が「ありがとうございます。太郎、さん?」と礼を言ってくる。
太郎で合ってるよ、と答えると彼女が「あの、その、、、」と声を震わせながら勇気を振り絞るかのように訴えてくる。
「太郎先輩は、彼女とか居ないんですか?!!」
「へ?」と、思わず町田の方を振り返る。茹でだこのように真っ赤になった彼女の顔を見て、俺は何となく察した。
天王寺が、ニヤニヤしながらこちらを見つめてくる。
それになんだそのキョンシーみたいな走り方は。気持ちが悪い。
おっとそんなことに気を取られている場合ではない。
それに対する答えを、俺は脳内で巡らす。
「うん!七人いるよ」
言えるか、そんなこと。
「そこにいる木原だよ」
いやあ。これから町田が他の6人と関わり合いを持たないとも言い切れないので、それはリスクがあるか。
「現在、募集中さ。君みたいな子をね」
うん。怖い、その答えを導くに至った、自分の脳内が痛い。
ここはやはり、「居ない」が無難か。
そう判断して口を開きかけた、その時だった。
「私」
そう言ったのは、町田の隣を走る、木原だった。
「実はね私たち。付き合ってるんだ」
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