第14話 木原澪音 その1
4月11日。今日は桜舞う入学式。
とは言っても、うちの高校には桜の木が無いのだけれど。
そんな入学式の日に、俺は生徒会でも何でもない一般生徒であるにも関わらず、受付の仕事を押し付けられていた。
あれは20分ほど前の話。我らが3年2組の担任、「みっちー」こと、熊谷道子先生から「ちょっとそこの黒板消しといて」くらいのテンションで受付を頼まれた。
頼まれた張本人の俺とそばにいた錦戸は「どうして俺たちが」と当然抗った。
それに対するみっちーの回答は「どうせ暇でしょ」これだった。
確かに暇ではあったが、ここでそうですねと肯定してしえば男が下がる。
俺も錦戸も「暇じゃありません」と罪悪感の欠片もない嘘をつき、反抗の姿勢を貫いた。
そしたらみっちーが、泣きそうな目でこちらを見ながら「そうよね。誰も三十路の彼氏なし独身女の指図なんか、受けたくないわよね」と病みモードに突入したので、今こうして新入生が一番最初に見る先輩として、座っているのである。
受付とは言っても、俺の役目はただ怪しい人や困っている人がいないか監視する役割で、粗方の業務は先生がやってくれている。正直、座っているだけの簡単な仕事だ。
だが、こういう仕事は冴えない男にやらせるよりも綺麗な女子生徒にやらせた方が華があって良さそうなものを。俺なんかを起用するなど、勿体ない。
俺ならば、見た目を取るならなら土屋。愛嬌なら月島を選ぶのに。
アイツら、中身はともかく外面だけはいいからな。ま、まあ俺はそんな中身も嫌いではないが?
「あれ?太郎君じゃないですか」
後ろから声を掛けられる。
そのはきはきとした話し方で、振り返らずとも誰か分かった。
「どもども木原。入学式も相変わらず忙しそうだね」
生徒会長である木原の両腕には、大量のパンフレットが抱えられていた。
この木原も、何を隠そう俺の彼女である。
(七人も居れば、紹介パートも長くて叶わん。読者の皆様、今しばらくご辛抱を)
「全然忙しくないですよ!それより、どうして太郎くんが受付の仕事を?」
事情を説明すると、「みっちーも適齢期ですからね・・・」と苦笑いを浮かべて俺の隣の空いている席に座った。
本来そこには錦戸が居なければならないはずなのだが、彼は今、便所で下痢という悪魔と戦っている。
牛乳の消費期限の限界を試していたらしい。3日前の始業式の日に「7日過ぎまでは余裕だったぜ」と豪語していたので限界は10日だったか。
参考になった。多分一生使わない知識だろうが。
「いいの?生徒会長がこんなところに居て」
祝辞など、在校生代表のあるのではないか。
すると彼女はポケットから一枚の用紙を取り出して「昨日書き上げてチェック貰ったばかりで、まだ読み上げの練習が出来てないんですよね」と困ったような笑みを浮かべた。
「いやいや、練習しろよ」
そう促すと、彼女は大きく首を横に振って拒否する。
「こんなところに太郎君が一人でお仕事しているのに、放っておけるはずがありません。祝辞なんてどうでもいい。私は太郎くんを支えます」
木原凛音は、優しい彼女だ。それに俺だけでなく、誰にでも優しい。リーダーシップもあり、老若男女から愛される性格。ゲーマーでもないし、変態でもないし、ケチでもない。
だが、彼女は少々、「尽くし過ぎるところ」がある。
「もし面倒な時は、私に押し付けて教室に戻ってもいいんですからね?」
「あの、お腹空いてないですか?今日、弁当多めに作ったから私の分まで食べていいですよ」
「ちょっと疲れてません?肩でも揉みましょうか?」
「トイレに行きたくなったらいつでも言って下さいね。何なら私が、代わりに行ってきてあげますから」
受付として座っているだけなのに、終始、こんな感じなのだ。
それにトイレは代わりに行けないだろ。
君と僕の膀胱は繋がってるのか。繋がってたとしても、俺の出すべき尿を彼女に代わりに出してもらうなど、プライドが許すはずがない。てかこの場合のプライドってなんだ。
「あの、、、新入生の町田結衣という者なんですけど・・・」
すると俺たちに、小さな可愛らしい来訪者が現れた。
まだ皺一つない制服が、俺にはまぶしすぎる。
「どうしましたか?」とさすがの笑顔で即座に対応する木原。
するとポニーテールを揺らしながら「学生証をどこかに落としてしまったようで・・・」と今にも泣きだしそうな顔で訴える。
事前に渡された学生証が無いと、校舎には入れない。
式典のため警備が厳重なので、生徒であることを訴えても受付を済ませるにはかなり時間がかかるかもしれない。
それに入学式の日に大人と揉めているところをこれからの青春の日々を共に過ごす同級生に見られては、彼女にとって最悪の出だしとなる。
「探そう」
俺が立ち上がるのと同時に、木原も立ち上がる。
すると絶好のタイミングで錦戸が「あ~。やっぱ10日はきつかったか」と呟きながら腹を抑えて戻ってきた。
「ちょっと、この子の落とし物を探してくるからここを頼む」
俺はそうお願いすると、木原と二人で錦戸の返事も待たずに可愛い後輩の危機を救うため、走り出した。
タイムリミットは、時計が無いのでちょっとよく分からないが、そこまで長くはないはずだ。
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