第16話 木原←日野

あまりに突然の木原の告白に、当然場が静まり返る。


そしいぇその数秒後、木原が我に返ったように「ごめんなさい!!!」と声を上げた。


「私、その、ジェラシーを感じちゃって、つい・・。太郎くんも結衣ちゃんもホントにごめん!いじわるするつもりではなくて・・・」


いつもは誰に対しても丁寧語の木原の言葉遣いが、珍しく乱れている。


こんな木原を見るのは、初めて・・・、いいや、二度目だった。


「お、お似合いだと思います!!」


木原の話に割って入ったのは、町田結衣だ。


「私、憧れます。太郎先輩と、木原先輩のようなカップル。推しです!推し!尊いです。なので木原さん」


謝らないでください。


町田の掠れる声が、足のつま先から頭の頂点まで響く。


木原は沈んだ表情のまま「分かった。ありがと」と小さく呟く。

暖かい春の風が、今はやけに冷たく感じた。

その時ばかりは天王寺も、何も言わなかった。


学校へ戻ると、受付を閉め切ろうと担当の先生が撤収作業を行っていた。


町田はすぐにその先生の元に駆けつけ、割れた学生証を示して説明を始める。


町田には木原が付き添ってくれたため、俺はすぐそばにある自分の持ち場へと戻る。


すると持ち場には、頼んだはずの錦戸ではなく、日野朱里が座っていた。


この瞬間、思考がフリーズした。すぐ隣には俺と木原が付き合っている事実を知りたてホヤホヤの町田。そして、その本人である木原。


後方には、全てを知り、何をしでかすか分からない天王寺。


新学期一発目の修羅場が、早くもここで訪れてしまった。


「どうして朱里が?」


日野は唯一校内で堂々と名前の呼べる彼女である。

どうしてそんなに親しげなのかと尋ねられても、幼馴染であるからと答えれば誤魔化せる。


「太郎と錦戸くんがみっちーから受付の仕事頼まれたって聞いて気になって様子を見にきたら、ここに一人で尋常じゃないくらいの汗をかきながら腹を抑える錦戸君が居て。そしたら錦戸君が私の顔を見るなり『メシアよ』ってひれ伏せてそのまま何も言わずにどこかへ走り去っちゃったの。ここに誰も居ないのは誰もまずいかなって思ったから座ってたけど、太郎たちはどこに行ってたの?」


日野は俺とその隣に居る木原たちを交互に見ながら、首を傾げた。


「おう。普通女じゃねーか」


日野に気づき、右手を上げて挨拶をする天王寺に軽く会釈をする。


どうやら日野はまだ、先日の件で天王寺に苦手意識を感じているらしい。


「新入生が学生証を落としちゃったみたいで。それで今まで探しに」


日野に事情を説明すると、天王寺が「拾ったのはわっちだぞ」とアピールしてくる。


「拾う際に、割ったけどね」と、俺は小さな声で大事な部分を付け足す。


そうなんだ、と横にいる木原と町田の様子をちらりと見やる日野。


「でも、どうして木原さんが一緒に?」


その質問が飛んできたところで、木原と町田の先生への説明が終わったらしく、彼女たちがこちらの方へ振り返った。


「太郎先輩。本当に今日は、ありがとうございました。木原さんとの件、私の心のなかでとどめておくんで言いふらしたりしませんから。では、またお話出来るのを心待ちにしていますね」


自分が地雷を踏んだことなど露も知らない町田は、深々と頭を下げ、そのまま校舎内へと入って行った。

木原も「私も準備があるから、急がないと」と呟き、俺たちに丁寧に会釈して、その場を後にする。


残された俺は、恐る恐る日野の方へ首を動かすと、案の定、曇った表情を浮かべた日野が、灰色の視線を向けていた。


「今の、どういう意味?」


結衣ちゃ~ん。勘弁してよお・・・。


油断すると、そんな情けない声を出してしまいそうになる。

町田は何も悪くない。悪いのは、単純に七股をしている俺だ。しかし今は己の後悔を嘆くよりも、僅かでも疑いを誤魔化せる可能性があるのだとすれば、それに賭けなければ。

学生証だって、見つかったではないか。きっとこの危機も、上手く脱せられる。



「なんか、俺と木原が付き合ってるって、誤解されたみたい。ちょっと親しげに話してただけなのに。最近の若者は、意外とウブなんだな」


我ながら、なかなかのクズだと思う。けれど、感情を押し殺して、何とか口にする。


「でも木原さん。そばで聞いてたのに否定しなかったよね?」


「祝辞のことが頭がいっぱいで、それどころじゃなかったんじゃないかな」


「そんな感じにも、見えなかったけど」


日野の表情が、ますます曇る。

もうここまで来たら使えるものは全て使ってやるぐらいの覚悟で天王寺助け舟を求める。

すると天王寺は笑いをこらえながら4本目のチュッパチャップスを舐めようと飴に覆うシートを丁寧に剥がしていた。


どうやら、助ける気はないらしい。

少しでもお前に頼ろうと思った俺がバカだったよ・・・。


「ほ、ホントに何もないんだ。信じてくれよ・・・」


最終的には、先生にいたずらを咎められた小学生のような情けない声色で、訴えるより他に方法が無くなってしまう。


それにこれ以上ムキになって否定し続けたら、自分の首を絞めることにもなり兼ねない。


そんな俺の様子を見かねたのか、天王寺が深くため息をつくと同時に「なあ、普通女。こいつが浮気できるほどモテると思うか?」とついに助け舟を出してくれた。


天王寺がこちら側に回ったことで、日野もこれ以上追及することを諦めたのか、表情を緩め「まあそうだよね」と自分に言い聞かせるように呟いた。


「まあ、たーくんがそう言うなら信じるよ。うん、これが普通の対応だよね」


疑われたことは間違いなさそうだが、どうやら最悪の状況は免れたらしい。

本当にありがとう、天王寺。やっぱりお前は良い奴だ。今度、ハーゲンダッツでも奢るよ。


これからは日野の疑いが晴れるまで、しばらく木原と絡むときは警戒しないとな。

町田から情報が漏れることもまあ・・・・ないだろうから、まだ終わったわけじゃない。いくらでも挽回できる。


「おい!天王寺!見つけたぞ!!!」


三人で廊下を歩いていると、生活指導の体育教師の立野が肩で息をしながら天王寺に竹刀を向ける。


「お前昨日、他校の男子生徒に暴行を働いたろ!!手の指が5本骨折してたらしいぞ。今警察と向こうの高校から連絡があって、もう大変だったんだぞ!!」


そういえば昨日、ダチの男を半殺しにするとか言ってたっけ。あれ、本当だったんだ。嘘だとは思ってなかったけど。


「やってねえよ。わっちは4本しか」


「本数の問題じゃない!!今すぐ俺と謝罪に行くぞ。全く、新学期早々問題を起こすなよな」


立野にぶつぶつ言われながら、天王寺は軽く舌打ちしながらも、慣れた様子で腕を掴まれ連れ去られていった。


残された俺と日野は、唖然としながらそれを見送った。


この衝撃で、町田が言ったことを忘れてくれればいいのに、と都合の良いことを考えてしまった自分の指をかなり力を入れて捻った。

もちろん、折ることは出来なかった。







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る