地区総体編

第33話 地区総体前日 

4月22日。金曜日。


新学期がスタートして2週間が経過し、段々と新しいクラスにも慣れてきた頃。


金曜日ともなれば、目前に迫った土日に浮かれるのが常であるが、今日はいつもと様子が違う。


「頑張ってね!円佳!星花!」


教室の中心で、二人を取り囲む女子の集団。みんなワッワキャッキャと騒ぎながら、二人に激励の言葉を送っている。


ついに明日、火野の冬の努力の成果が試される地区総体が始まる。


うちの県では陸上だけがなぜか他の部活よりも早い時期に春の大会が始まるので、他の運動部にとっては間近に迫った自分たちの大会を占う指針として、先陣を切る陸上部の結果には大きく注目しているのだ。


「ありがと、みんな!」


少し照れもあるのか、頬を紅く染めながら、火野が力強くガッツポーズをする。


その姿を見て、俺は少し安心した。

大丈夫、いつもの火野だ。


「陸上部明日か」


新聞部部長の肩書を持つ錦戸亮が、女子の輪を眺めながら、頬杖をついて呟く。

新聞部と言っても、部員は部長の彼を含めた三人しかいないため、そこまで大きな規模の新聞は発行できず、せいぜい掲示板の一面に行事関連の記事を載せるぐらいの活動範囲に留まっているので、来年の存続すらも危うい部活なのだが。


「そうみたいだな」


あくまで興味がないように努めるが、バリバリ応援に行く予定だったので1か月前くらいから明日に大会があることは把握していた。


本当ならばあの輪に入って一緒に火野を激励したいくらいだが、せっかくの良い雰囲気に変質者として水を差す訳にはいかないのでやめておく。


「なあ、お前、明日ヒマ?」


何の前触れもなく、唐突に錦戸に尋ねられた。

こういう時、大概のパターンは「一緒にどこか行かね?」と意味が含まれている。


それならそうとストレートに言えばいいのに、どうして日本人はそんな回りくどい聞き方を自然としてしまうのか。


これで「暇」と答えた瞬間、その用事に行きたくなくても逃げ道が防がれてしまうではないか。本当に、良くない罠だと思う。


つまり、この場合の一番良い答え方は・・・。


「行かない」


「おい、まだ何も言ってないだろ」


錦戸はわざとらしくずっこけ、頭を掻く。


「でもなら仕方ねえ、お前がダメなら一人で行くか。正直、陸上の大会なんて行ったことないから、観戦のシステムとかよく分かってないんだけどな。まあでもそこは、現地に行ってみりゃ分かるか」


そうブツブツと話し始めた彼の口を、慌てて一旦塞ぐ。


「ちょっと待て。もし俺が明日ヒマだと答えたなら、どこに誘うつもりだった?」


「え?火野や大曾根達の応援だけど」


「ごめん、明日ヒマ。一緒に行く」


「でもお前、行かないって」


「そんなこと言ってない」


「いや、絶対言ってただろ」


元々行くつもりだったので、それで個々に行って、スタジアムで出くわした方が面倒くさいと判断し、強引に惚ける。


それに、一人で見るよりも、、えっと、その、、、錦戸と一緒に観戦したほうが楽しいかななんて、絶対に思ってないんだからね!!


「太郎たち、もしかして明日応援に行く話してる?」


さっきまで女子の輪に居たはずなのに、いつの間にか日野がそばに立っていた。


「実は私も行きたいと思ってたんだよね」

ぼそりと呟き、彼女はあえて俺から視線を逸らし、錦戸の方を見る。


おい!鉄の掟を忘れたのか。

そんな視線を彼女に注ぐが、そもそも視界にすら入れてもらえないため華麗にスルーされる。


「お。なら日野も一緒に行くか?」


そして彼女の計画通りの言葉を錦戸が発し、俺と日野の小さな戦争は日野の勝利で幕を閉じる。


「え、いいの?」


「良いに決まってんだろ。日野と一緒に陸上女子の無防備なユニフォーム姿を拝めるなんて、最高だぜ」


おい、ついに本音が漏れたぞ。

涎を垂らしながらあらぬ妄想にふけっている錦戸に苦笑しながら、日野に再び熱い視線を向ける。


こんな奴と一緒に観戦なんてしたくないだろう?

だからお前は家でゲームでもしてなさい。


すると日野は錦戸のことなど目にも入っていないようで、こちらを見てただひたすらに勝ち誇った表情を浮かべていた。



言い忘れていたが、ここ数週間日野の様子がずっとおかしい。

なんだか今まで控え目な性格だったのが、突然積極的になったというか。


鉄の掟など、知ったこっちゃないといった様子で、教室でもお構いなしに話しかけてくるようになったし、放課後もやたらと一緒に帰りたがった。


この際、火野の応援の合間に日野の最近の豹変ぶりの真意を探るのもいいかもしれない。


「もちろん、わっちも行くからな」


そう思った時、またも突然後ろから新学期に入ってからは親の声よりも聞いている太い声が、耳を通り越して脳内まで響いてくる。


「おお。天王寺も行くか。そりゃそうか。お前、太郎のストーカーだもんな」


「ストーカーじゃねえよニセキド。ただ暇だから付き纏ってやってるだけだ」


「それを世間ではストーカーって言うんだよ」


なぜかこの二週間で友好度がうなぎ上りになっている錦戸と天王寺を横目に、俺は深々とため息をついた。


こんな雰囲気で、ちゃんと火野の応援をできるのだろうか。


前日と迫った火野の地区総体であるが、ある意味波乱の予感しかしなかった。











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