第31話 新入生歓迎レクリエーション その7
「あの、、その、、すいませんでした!」
昼食が終わり、新入生歓迎レクリエーションの最後のプログラムである閉会の時間にて、宇野が浩二君に向かって深々と頭を下げて謝罪した。
謝罪された浩二君は少し照れながら頬を掻き「こっちこそ、強く当たって悪かったよ」と謝った。
彼の隣に居た長谷部が「さっきまでこの人、新入生にキツイこと言い過ぎたかなってずっと落ち込んでたんだから」と宇野に笑いかけながら暴露する。
「おい!長谷部!それは言わない約束だろ」
「あら。ごめんなさい」
とぼけた言い方をする長谷部に、浩二君は「もー!」と頭をポリポリ掻き、グループは笑いに包まれる。
「あと、田中先輩」
浩二君が突然俺の名前を呼び、こちらに近づいてきて「土屋先輩をお願いします」と耳元で囁いた。
「はあ?!!」
思わず大きな声を出してしまい、グループの注目がこちらに集まる。
浩二君は意味深な笑みを浮かべて軽く頭を下げると、長谷部の隣へと戻っていった。
ステージ上では、木原により閉会の挨拶が行われている。
各グループ、別れを惜しんでいる様子で木原の話を真剣に聞いている者は少なかったが、話している木原本人も、それでいいんだといったような満足げな表情を浮かべて、淡々と形式上の挨拶を行っている。
「木原先輩、やっぱりすごいですね」
木原の挨拶を、何となく聞いているといつの間にか隣に居た町田がステージの方を向いたまま話しかけてきた。
「もうすぐ生徒会長になって一年が経つからね。もう充分、様になっているよ」
木原を見ていると、何となく土屋のことが気になって彼女の方を見ると、ピタリと目が合ってこちらに微笑みかけてきた。
どうやら俺が気づかなかっただけで宇野の言う通り、ずっと彼女は俺の方を見ていたらしい。
少し照れもあって彼女からすぐに視線を逸らし、町田にきになっていたことを思い切って質問してみた。
「昼食の時、土屋とは何を話してたの?」
すると町田は「それは乙女の秘密です」と即答し、俺の方を見る。
「木原先輩と土屋先輩、どっちの方が好きですか?」
「はい?!!」
先ほどよりも、大きな声が漏れてしまった。
俺はもう少し、動揺を隠すことを覚えた方が良いなと、瞬時に猛省する。
「き、木原に決まってんだろ?」と、万が一にも土屋に聞こえないように、小声で呟く。
「そ、そりゃそうですよね。だって、彼女ですもんね」と町田も少し動揺しながら言った。
「すいません。今までお二方のことを見ていたら、なんだか付き合ってるんじゃないかって思えてきちゃって。正直に言うと、さっきのお弁当の時間も土屋先輩、楽しそうに田中先輩の話、たくさんしてくれたんです。それを語る時の表情や話し方が、なんだか恋人のことを語ってるように思えてしまって。それに土屋さん言ってましたよ。田中君は頼りなさそうに見えるかもしれないけど、すっごく頼りになる人なんだって」
「土屋さんがそんなことを?」
「はい。恋愛経験皆無の私なんかが言うのはおこがましいかと思いますが、きっと土屋さん、田中先輩のこと、大好きなんだと思います。だから、その・・・」
町田は頬を真っ赤にしながら、「もういいや!」と乱暴に吐き捨てて俺の耳元で威勢よく呟いた。
「私も田中先輩のことが好きだから、二人で田中先輩の良い所について語り合ってたんです!」
その町田の言葉が、俺の心にナイフのように突き刺さった。
町田の気持ちは、薄々気づいていたとはいえやはり口ではっきり伝えられると、嬉しかった。
しかし、それ以上に得体の知れない感情が、俺の脳内に侵食し、どんどんと広がっていく。
罪悪感?いや、違う。この感情は、そんな言葉一つでは片づけられるものではない。
木原と土屋、そして町田の三人へ順に視線をやる。
この感情の正体は、俺にはまだ分からない。
けれど、一つだけ、はっきりしていることがある。
さきほど町田に言ったこと。あれは、嘘だ。
そしてその嘘は、決して許されるものではない。
誤魔化すとか誤魔化さないとかではなく、俺なんかのことを好きと言ってくれた町田の心を想えば、絶対に曖昧にしてはならないポイント。
誰かを傷つけないための嘘なら、いくらでもついてもいい。
だけど、俺に彼女がいるのを知っていながら傷つくのを前提に自分の気持ちを伝えてくれた町田に、俺自身の気持ちを誤魔化すのは、絶対に違う。
「どっちも、好きだよ」
思ってしまったが最後、俺の口は、自然と開いていた。
「へ?」
「さっきの質問。木原と土屋。どっちが好きかってやつ。あれ、どっちも平等に好き」
二人の間に、しばらく沈黙が走る。
騒々しい体育館。マイクを持って、凛とした表情で話す木原。話の内容は分からずとも、恐らく俺と町田のことを見ているであろう土屋。
そのすべてが、今ではまったく別世界での出来事のように感じられる。
「そ、それはえっとつまり・・・・」
町田はかなり混乱した様子で、声を震わせながら隣でアタフタしている。
逆にここで嘘をついた方がもしかしたら町田のためにはなるのかもしれない。
もしそうだとするならば、ここで俺は嘘をつくべきなのだろうか。
しかし、頭の中でその結論が出る前に、俺の口ははっきりと町田に告げていた。
木原も土屋もどちらも好きだと。
「俺、二股してんだ」
ここでまた、俺は嘘をついた。
本当は二股ではなく、七股だというのに。
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