第30話 新入生歓迎レクリエーション その6

「凄い友人をお持ちなんですね」


宇野が体育館で走り回る二人を見て、失笑する。

ああ。恥ずかしい。共感性羞恥というものを、今初めて経験している。


「でも、お二方とも、自分に正直そうで良いなって思います」


お弁当の蓋を開けると、今日はのり弁だった。

少し湿った海苔をどけると、ご飯の上に満遍なくカツオのふりかけが掛けられていた。海苔、ふりかけ、ご飯。この3種類を同時に口の中へ放り込むと、小さい頃から慣れ親しんだ味が広がる。

この美味しさは、弁当でしか味わえない。


「小さい方はともかく、デカい方は自分に正直すぎるところもあるけどな」


あ、体育教師の立野先生が来た。うわあ揉めてる揉めてる。

その揉めてる隙に水森が天王寺からキャラ弁を取り返し、体育館の外へ走り出す。


どーせこの後図書室かトイレの個室あたりで大泣きするんだろうな。あとで慰めてやるか。


「俺、中学の時にいじめられてたんです」


ここで宇野が、突然のカミングアウトをする。

しかしその表情は、今までよりも少し明るかった。


「きっかけは、同じクラスだった女子に告白したこと。誰からも好かれるような、明るくて、優しくて、可愛い子でした。中学生にしては、胸も大きかった。そんな彼女と、委員会が一緒になって、そこで交流を深めていくうちに気づいたら好きになってました」


「うんうん」


「ここまでは、よくある話なんですけど、問題なのはこれからなんです。彼女のことが好きになった俺は、あろうことか、誰にでも平等な彼女の優しさを自分への好意によるものだと勘違いしたんです。勘違いというよりも、都合よく解釈しようとしていただけなのかもしれません。自分の中での妄想が膨れ上がって、ほぼフラれる可能性はないだろうと思って、告白しました。結果は、惨敗。困ったように苦笑しながら、何度もごめんと頭を下げ続ける彼女の姿が、今でもはっきりと胸に焼き付いています。だけど当時の俺は自分がふられた現実を、受け入れることが出来ませんでした。そう、自分の中で膨れ上がった妄想が、来るところまで来てたんです。あそこまでいったら、もう病気です。全然悪くないのに謝り続ける彼女に、あろうことか俺は、悔しさから最低な言葉を投げかけてしまったんです」


「なんて言ったの?」


「それがお前の本性なんだな。騙されたよ」


彼は表情を強張らせながら、ゆっくりと言った。

言い終えた後、自らの唇を噛みしめ、それを誤魔化すかのように弁当を口の中に乱暴に掻きこんだ。


「そしたら彼女、膝から崩れ落ちてボロボロと泣き崩れちゃって。きっと、誰よりも優しくて、誰よりも臆病で、誰からも他人に嫌われたくない子だったんだと思います。そんな彼女にとって、一番傷つく言葉を、俺は腹いせに浴びせてしまったんです。その噂が広まって、色々あって、最終的に俺はいじめられるようになりました。自業自得です。だけど俺は、自分が悪いと認めたくなかった。俺のことをいじめた連中を、見返してやろうと思った。だから必死に勉強して、成駿の特進科へ合格することを目指した。けれどこんな不純な動機ではいくら勉強したところで合格するはずもなかったんです。運よく併願で出していた普通科に合格することは出来ましたが、俺の受験は失敗したに等しい。だから自暴自棄になって、先程まであんな態度を・・」


「普通科と特進科じゃ、雰囲気や授業、何から何まで違うからね。その理由だったら、これからの高校生活不安になるのも仕方ないよ」


宇野は俯きがちだった顔を上げて、俺の方を向いた。

両手には、大事そうに弁当が抱えられている。


「田中先輩は、どうしてあの2年のパーマみたいに俺のことを非難したり、怒ったりしないんですか。さっきといい今の話といい、なかなか癪に障ることをしていると思うんですけど」


その自覚はあったんかい。

俺は少し考えたあと、彼と目を合わせて答えた。


「相手に腹がたったり、非難したくなる時って、つまりは相手のその行動や態度が理解出来なくなった時でしょ?」


「まあ、捉え方によってはそうですね」


「だったら俺は、怒ったりする前に、まずはその人を理解出来るように努めたい」


すると宇野は意外そうな表情を浮かべて、「でもそれってかなり難しいことじゃないですか?」と言った。


「当たり前じゃん。めっちゃ難しいよ」


俺は素直に頷き、小さく笑った。


「だけど、理解さえしてしまえば大抵の怒りは既に収まってるんだよな。さっきだって、海斗くんに土屋さんのことを悪く言われて、少し、、、いいや、かなり腹が立った。だけど、今こうして氷山の一角ではあるかもしれないけれど海斗君のことを理解して、さっきまでの怒りは完全に消えた。多分あそこで海斗君とぶつかっていたらこうなることも無かったと考えると、こっちの方が気持ち良いだろ?」


宇野はいたずらっぽい笑みを浮かべて「そりゃあそうですよね」と楽しそうにくちを開いた。


「だって、彼女をあれだけ悪く言われて腹立たない男なんていませんよね」


「はっ?!!!お前、それ・・」


あまりの驚きに取り繕う余裕もなく、それがまるで真実であるかのようなリアクションを取ってしまう。


「いや、バレバレですよ。だって土屋先輩、ずっと恋焦がれた目で田中先輩のことガン見してるんですもん。最初はそれ見て、ああ、この人は片思いしてるのかなって思ってたんですけど、土屋先輩を悪く言った途端に今まで穏やかだった田中先輩も険しくなるんですもん。そういうことかって察しましたよ」


「う、うぐう。こ、これは、何卒内緒に・・」


「どうしてですか?あんなに可愛い彼女が居たら周りに自慢したくなるのが男ってもんですよね?」


「そうなんだけど、これには深い事情が・・・」


頼む、と土下座まですると宇野は慌てて分かったからすぐに顔を上げるように言い、俺はホッと一息つく。


「変わってますよね。田中先輩って」


「それは、よく言われる」


ここで会話が途切れ、俺たちは残りの弁当を平らげる。

そして、騒がしい体育館を一望し、二人目を合わせて苦笑いを浮かべる。


こんなに人がいるのに、ここがまるで俺たち二人だけの空間のように感じられる。


宇野には秘密を知られてしまったが、居心地は案外悪くない。


「俺なんかにもあんな可愛い彼女が出来ますかね」


宇野が町田と楽しそうに談笑する土屋を眺めながらぼそりと呟く。


「出来るよ、きっと」


そう言うと、宇野は苦笑いを浮かべて「無理ですよ。言ってみただけです」と大きく首を横に振った。


「だけど俺、もう一度やり直したい。最悪で最低でクソみたいな俺をきちんと理解してくれようとしてくれる田中先輩みたいな人も居るんだって、気づけたから。ならば俺は、田中先輩が安心できるように、最悪で最低でクソみたいな自分も居るんだって理解し、きちんと反省した上で、不貞腐れることなく前を向きます。俺、美波さんにもきちんと謝らなきゃ。無理かもしれないけど、友達だって作れるように努力します。この、成駿高校普通科で」


美波というのは、例のフラれた彼女のことだろう。


宇野の力強い言葉に、俺は心から「頑張れ」とエールを送った。


今度は宇野も、苦笑いを浮かべることはなく、俺の目を見て大きく首を縦に振って頷いた、

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