第3話 二人のヒノ

始業式が終わり、午前授業という名の天使の元、俺は帰りの準備を進めていた。

まだ時計の針が12を示している時間帯に家に帰ることが許される日は、高校生にとってまさに夢のような一日である。


3年になって新しくなったクラスも、新鮮味が感じられて趣深い。

既に二年間、同じ校舎で半日をほぼ毎日過ごしているので大体が顔なじみであるが、あまり深く関わったことのない人も中にはいるのでこれからの一年が楽しみだ。



それに、新しいクラスに彼女が二人というのもいい配分なのでテンションが上がる。


うちの高校の一学年は7クラスで構成されているが、6,7組の二クラスが特進科で、他の五クラスが普通科なのだが、そこからさらに1,2,3組が文系、4,5組が理系に分類される。


その分布に俺を含めた俺の彼女たちに当てはめていくと、特進科が一人、理系が二人、そして文系が俺を含めると五人なのだ。


この配分でいくと、どうしても1,2,3組の三クラスに彼女たちが集中することになる。



俺が想定してた最悪のケースは二通りある。


一つ目のパターンは、俺と同じクラスに三人以上彼女が集まること。これは言わずもがな、一緒にいる時間が長くなり、人数が多ければ多いほど七股のバレる確率が上がるというもの。



そしてもう一つのパターンが、俺以外の彼女たちが三人以上集中すること。ぱっと見で考えてみると、自分と関係ないところに集中できてラッキーと思うかもしれないが、それは大きな落とし穴である。


俺と七人の彼女の間には、付き合うにあたって固い契りがあるので誰かが暴走しない限り内から情報が漏れることは無い。だがしかし、俺の知らないところで彼女たちが自分たちの内緒の恋バナを赤裸々に語るような関係性にまで仲を深められたらどうなるか。



「あれ?もしかしてあんたの彼氏、私の彼氏と同じじゃね?」現象に発展するのだ。



そうなったらもうおしまい。あっという間に情報は広がり、彼女たちの耳に俺の七股が届くことになり、大きく傷つけてしまうことになる。



そのため、俺の知らないところで俺の彼女たちが仲良く会話しているのを想像するだけで蕁麻疹が出そうになる。


他の男と話す分には全く持って構わないが、どうかそれだけはやめて欲しかった。


だからこの配分は丁度いい。


クラス票を見てきたところ、唯一の懸念点は理系の二人が同じクラスに被ってしまっていたことだ。


難関であった文系が1,3,1と良い感じに散らばってくれただけになんとも惜しい。

が、贅沢は言ってられない。


まあ、タイプの違う二人なので恐らく恋バナをするほどの仲にはならないだろう。


それよりも問題は、俺の監視下にあるあの二人だ。



「まさか最後の年で念願の日野ちゃんと一緒になれるとは思わなかったよ~」


「ホントだね火野ちゃん!漢字は違っても、苗字の読みが同じだから、またあえて離さるのかなって半分諦めてたよ」


あの火野と日野。通称「ヒノヒノコンビ」がお互いに手を繋いで飛び跳ねているのが視界に入って、俺はずっと気が気でなかった。


「あの二人、うちのクラスの中だとナンバー1,2だな」


いつの間に隣にいたのか、錦戸が評論家のような言い方をして顎を撫でた。


「日野ちゃんとは家が隣で幼馴染なんだろ?それだけでもう、人生勝ち組だよな~」


日野朱里。家が隣で親同士も仲が良い、文字通りの幼馴染であり、俺の彼女でもある。


「でも俺は燃える方の火野ちゃん派だな。老若男女陰陽問わず誰にでもフレンドリーで部活の陸上にも一生懸命。去年の新人戦では、確か県大会の決勝まで行ったんだろ?あれ、何の種目だったかな」


「400mハードル」


「そう、それだ。てかあれ。お前なんで知ってんの?」


そりゃ、彼氏だからな。その決勝で東北大会出場圏内の4位に入れず、悔しくて号泣していた彼女に胸を貸してやったのが俺だ。



火野円佳。明るくて人懐っこいが、根は体育会系で、誰よりも負けず嫌いな一面を持つ。こっちの火野も、俺の彼女だ。


俺と錦戸の視線に気づいたのか、二人はシンクロしたようにこちらの方を向き、すぐに照れくさそうに笑って視線を逸らした。


鉄の掟その23『学校で目があったら、用が無ければすぐ逸らせ』


どちらもきちんと守れているな。関心関心。


「おい、見たかよ田中。今、俺の方見て笑ったぞ。あれは絶対、俺に気があるね。やっぱり昨日こっそり母ちゃんの6000円近くする高級シャンプー使ったのが効いたかな」


その頭で、高級シャンプーを使ったところで何も変わらないのではと思ったが、口にするのも面倒だったので、曖昧に頷いておいた。


どうやら当面の心配事は、ヒノヒノコンビが仲良くなり過ぎないことになりそうだ。

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