第39話 甘くない現実
成人女性の姿になったエレナは、大股で歩きながら畜舎の前まで行くと、屋根の上でボディービルダーさながらのポージングをしている三つ子に向かって叫ぶ。
「おい、クソガキ共、話があるから下りて来い!」
「ああん、何だ。姉ちゃん?」
「俺たちの筋肉に見惚れちまったか?」
「……というよりあんた、何処から現れたんだ? それに、さっきまでいた女の子は?」
エレナに声をかけられた三つ子は、彼女の正体に気付くことなく自分の筋肉を誇示するようなポージングを取る。
「このっ……」
全く人の話を聞こうとしない三つ子の態度に、エレナは額に青筋を浮かべると、
「痴れ者が、いい加減にしろ!」
三つ子に向かって怒鳴りながら足を振り上げ、勢いよく地面に振り下ろす。
次の瞬間、畜舎の屋根に陣取っていた三つ子の体が宙に浮かぶ。
「……えっ?」
「おわっ!?」
「な、何が、あわわわ……」
突然の事態に驚き、空中でジタバタともがく三つ子であったが、何も掴む所がない空中では自慢の筋肉も何の役には立たず、成す術なく地面に引き摺り下ろされる。
何が起きたかわからず、目を白黒させながら互いの顔を見合わせる三つ子の前に立ったエレナは、彼等を睨みながら冷たく言い放つ。
「……立つのじゃ」
「えっ?」
「お前たちの甘ったれた思考、この銀の賢者が性根から叩き直してやる」
「えっ、銀の賢者って……」
「まさか、本物!?」
「問答無用じゃ!」
混乱の極みに立つ三つ子たちに向かって、怒り心頭といった様子のエレナは、一切の情けをかけることなく容赦なく襲いかかった。
そうして三つ子が動かなくなるまで容赦なく叩き潰し、敗北を認めさせたエレナは、地に伏している彼等に向かって総評を告げる。
「お前たち、無駄な筋肉を付けすぎじゃ。故にワシに簡単に動きを封じられるし、おまけに冒険者として致命的な欠陥を抱えておる」
「冒険者として」
「致命的な……」
「欠陥?」
小首を傾げる三人に、エレナは「うむ」と鷹揚に頷く。
「ところでお前たち、食べることは好きか?」
「えっ? それはもう……」
「大好きです。なあ?」
「ええ、この肉体を維持するためにも、キチンとした食事はマストですからな」
エレナの質問に、三つ子は自慢の筋肉をポンポン、と叩きながら食事の大事さを語る。
「そうじゃろう、そうじゃろうな……」
その答えを予期していたエレナは、大きく頷きながら三つ子にある事実を告げる。
「言っておくが、冒険者になったらまともな食事にありつけると思うなよ」
「えっ?」
「特に新米は数日、数週間は碌にメシが食えないのは日常茶飯事じゃ。そんな燃費の悪い体をしおって、お主たちは食事のない生活に耐えられるのか?」
「そ、それは……」
「い、嫌だ。ご飯を腹いっぱい食べられない生活なんて耐えられないよ」
「そうだな、ご飯が満足に食べられないなら、冒険者の道は諦めるしかない……か」
食べることが大好きだという三つ子は、そんなまさかの理由であっさりと冒険者の道を諦めた。
「よかった……」
三つ子が冒険者の道を諦めると聞いて、バカラさんは安堵したように大きく息を吐く。
「エレンディーナ様、ハルトさん、お礼に牧場の商品をいくらでも差し上げますから、好きに使って下さい」
「うむ、だが代はしっかりと払うから心配するな」
バカラさんに安心するように鷹揚に頷いてみせたエレナは、俺の方を見てしかと頷く。
「ハルトよ、ここからはお主の出番ぞ」
「わかってるよ。それじゃあバカラさん、早速ですがこの牧場の自慢の品を見せてもらえますか?」
「ええ、モチロンです。こちらへどうぞ」
バカラさんは大きく頷くと、ようやく解放された畜舎へと俺たちを案内してくれた。
「……よし、決めた」
牧場で扱っている品を大体把握した俺は、とりあえず今すぐ必要な材料をバカラさんにお願いする。
「さて、ハルトよ。何を作るつもりじゃ」
「とりあえず最初の一品目は、彼等に手伝ってもらおうと思うよ」
「ほほう、複数作るつもりか……それで、奴等を使うのか?」
「うん、冒険者の道を諦めたといっても、彼等には余りあるバイタリティーがあるみたいだからね」
今後、また何か余計なことを思いついて、バカラさんに迷惑をかけないとも言い切れない。
「だから、せっかくだから彼等には存分に働いてもらおうと思うよ」
そう言って俺は、エレナに負けないほどの邪悪な笑みを浮かべてみせた。
「さて、それじゃあ調理をしていきましょうか」
愛用の飾り気のない紺のエプロンを身に付けた俺は、興味深そうに見学しているエレナと、彼女に治療してもらい、すっかり完治した三つ子に調理手順を説明する。
「先ずは鍋の中に生クリーム、ミルク、砂糖、バター、ハチミツを入れて火にかけます」
「ふむふむ……」
そうして鍋を見守ること数分、ふつふつと煮え始めたところで、
「そしてここで……はい、君たちの出番だよ」
そう言って俺は、突然目を向けられて驚いている三つ子に木のへらを差し出す。
「これを強火にかけていくから、焦げないようにかき混ぜてもらえるかな?」
「えっ、ええっ!?」
「ほら、早くしないと焦げちゃうから急いで!」
「あっ、はい!」
慌ててへらを受け取った三つ子の長男、ウノ君に、俺はどのようにかき混ぜていくかを簡潔に説明する。
何度かかき混ぜ方を指南した俺は、必死にかき混ぜているウノ君の肩を叩く。
「それじゃあ、ここは君たちに任せるから、とにかく焦げ付かないようにかき混ぜ続けて」
「ど、どれくらいですか?」
「大体、四十分くらいかな?」
「よ、四十分も!?」
「疲れたらドス君かトレス君に代わってもらえばいいから、とにかく焦げたら一からやり直しだから、必死でかき混ぜ続けてね。あっ、これが鳴ったら終わりだから」
「ヒ、ヒイイイィィ……」
俺はキッチンタイマーをウノ君の前に置くと「後はよろしく」と言って再びエレナたちに向き直った。
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