第53話 話し合いの余地アリ
「えっ…………あっ…………あわわ……」
突如として目の前に現れたグリーンドラゴンに、全く心構えができていなかった俺は恐怖でその場にへたり込む。
「ハルト!」
すると、尻餅を付いた俺を庇うようにエレナがグリーンドラゴンの前に立ちはだかる。
「安心せい! 何があってもお主の身だけは、ワシが必ず守ってみせる」
「う、うん、ありがとう」
エレナのお蔭でパニック状態から立ち直った俺は、彼女の背中越しに改めてグリーンドラゴンを見やる。
全長はおよそ五メートル、その名の通り全身を緑色の鱗を覆われており、恐竜図鑑で見るティラノサウルスのように二本の足で立っているが、腕はいざという時に四足歩行できそうなほどしっかりとして長い。さらに首が鶴やコウノトリを思わせるように細く長く、顔もティラノサウルスと比べると随分小さい。
そして恐竜との一番の違いは、大空を飛ぶ巨大な翼を持っていることだ。
ドラゴンのことをよく大きなトカゲと形容することが多いが、現れたグリーンドラゴンはトカゲよりも面長だが、シャープで凛々しい顔立ちをしている。
まるで最強クラスのボスを思わせる全体的に洗練されたフォルムは、思わず見惚れてしまうほどの美しさがあった。
ここまでじっくり観察するくらい余裕ができたのは、エレナが守ってくれると言ってくれたこともあるが、どうやらドラゴンと問題なくコミュニケーションが取れそうだからだ。
話し合いの余地さえあれば、エレナから聞いた通り、話し合いだけで湖から退去してもらうこともできそうだった。
『ねえ……』
それでも万が一を想定して警戒する俺たちに、グリーンドラゴンが大きな黄色い瞳をギョロリと動かして三白眼で睨むと、思ったより可愛らしい声の流暢な言葉で問いかけてくる。
『何でまだいるの? 帰ってって言ったよね?』
「何を言っておる。人違いじゃ!」
グリーンドラゴンの質問に、両手を広げたエレナが臆することなく大声で叫ぶ。
「ワシ等はつい先程ここに着いたばかりじゃ! それよりこっちは、お主のブレスで死ぬところだったんだぞ!」
『フン、知らないよ。卑怯な人間の一人や二人、どうなっても知らないね』
「な、なんじゃと……」
子供のようにぷいっ、とそっぽを向くグリーンドラゴンを見て、エレナがわなわなと震え出す。
「ワシ等を……ハルトをそこら辺の卑怯者と一緒にするでない!」
『何が違うんだい? どうせ君たちも、寝ているルーを襲うつもりだったんでしょ?』
「誰がそんなことをするか! ワシ等はお主をもてなすためにきたのじゃ!」
『もて……なす?』
「そうじゃ、そこにいるハルトはお主に料理を振る舞い、喜んでもらうために丸一日かけて準備してきたのじゃ!」
『えっ?』
エレナの叫びに、グリーンドラゴンが目を大きく見開く。
『ルーにご飯を? 人間が? ルーを喜ばすために?』
「そうじゃ! ハルトの作る料理は、それは素晴らしいのじゃぞ! それなのに……お主のブレスの所為で……ブレスの…………うわあああああああああああぁぁん!」
説明しながら再び悲しくなったのか、エレナは大声を上げて泣き出してしまう。
「エレナ……」
思った以上にエレナが俺のことを想ってくれていたことを知り、思わず涙ぐみながら彼女へと手を伸ばす。
「うええええええぇぇぇん、ハルトオオオオオオオオオォォォ……」
滂沱の涙を流しながら抱きついてくるエレナを抱きとめると、彼女の魅力の一つであるフワフワの銀髪を優しく撫でながら話しかける。
「よしよし、俺のために怒ってくれてありがとう……」
「うええええええぇぇぇん! ハルトの作るとっておき、食べたかったよおおおおぉぉ!」
「そ、そう……」
思わず零れた正直過ぎるエレナの言葉に、苦笑しながら俺はユウキを振り絞ってグリーンドラゴンに話しかける。
「あ、あの……エレナの言ったことは本当です。俺たちは、あなたに料理を振る舞うためにきたんです」
『そう……なんだ』
俺の言葉を信じてくれたのか、グリーンドラゴンから剣呑な気配が消えて行く。
意外にも可愛らしいクリッ、とした瞳になったグリーンドラゴンは、忙しなくキョロキョロと首を巡らせながら口を開く。
『それで、人間たちはルーに何を食べさせてくれるの?』
「それが……残念ですがないです」
『えっ?』
不思議そうに小首を傾げるグリーンドラゴンに、俺は眦を下げると、心底申し訳ないという表情を作って説明する。
「その……用意してきた食材が、さっきのブレスでダメになってしまったので、料理を振る舞おうにも何にも作れないんです」
『えっ……』
俺の言葉に、グリーンドラゴンはキョトンとした顔をしたかと思うと、そのまま固まる。
えっ? もしかして何か変なこと言った?
ピクリとも動かなくなったグリーンドラゴンに、俺は何か対応を間違っただろうかとエレナを胸に抱いたまま冷や汗を流す。
ドラゴンは人と違う価値観を持っているということだから、いきなりその大きな体でぺちゃんこに潰されてしまう可能性だってあるということだ。
いざという時はすぐに逃げ出せるようにと注意深くグリーンドラゴンを見ていると、巨大な竜は小さく震え出して小さな声で呟く。
『…………ご』
「ご?」
呟かれた言葉に、俺は警戒しながら次の言葉を待つ。
するとグリーンドラゴンは気落ちしたようにシュン、と頭を下げる。
『ごめんなさい……ルー、悪い子』
「えっ? いやいや、そんなことないよ」
まさかの頭を下げて反省の弁を述べるグリーンドラゴンに、俺は慌ててフォローするように言葉を紡ぐ。
「その……今日はダメになっちゃったけど、また今度準備して持って来るから、ね?」
『やだやだやだやだ! ルー、今すぐおいしいもの食べたい!」
だが、グリーンドラゴンはおねだりをする子供のように、イヤイヤと大袈裟にかぶりを振ると、ずいっ、と顔を近づけて鼻息荒く捲し立ててくる。
『ねえ、何があればいいの?』
「えっ?」
『その……食材? があればいいんでしょ? ルー、心当たり、ある』
そう言ったグリーンドラゴンはくるりと踵を返して『付いてきて』と歩き出す。
ドスドス、と地響きを上げて歩くグリーンドラゴンに、俺は呆気に取られながら胸の中で同じように唖然としているエレナに尋ねる。
「そ、その……どうする?」
「どうするも何もここで逃げれば、あやつは地の果てまで追ってくるぞ」
俺の胸の中で泣いていたことが気恥ずかったのか、エレナはずい、手で押しながら距離を取ると、赤くなった鼻を擦りながら歩き出す。
「それに、あのグリーンドラゴンがここまで興味を示すのも珍しいぞ。ならばここでハルトの作る料理で、奴の度肝を抜いてやろうではないか」
「…………うん」
エレナの力強い言葉に、俺は自分の心に火が灯るのを自覚する。
用意した食材はなくなったが、皆が敬愛する銀の賢者にここまで期待されているのだ。
ここでエレナの期待に応えなくては、男が廃るというものだ。
俺は微笑を浮かべているエレナに向かって笑いながら力強く頷いてみせる。
「何処までできるかわからないけど、全力を尽くすよ」
「大丈夫じゃ、ハルトなら間違いなく奴の度肝を抜いて……ついでにワシを愉しませてくれると信じておるぞ」
「ハハハ、善処するよ」
どんな時でも自分も食べることを忘れないエレナの豪胆さに、俺は呆れたように苦笑しながら彼女の後に続いてグリーンドラゴンが向かった先に歩いていった。
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