第51話 滅びの超破壊的息吹!(ドラゴニックブレス)

「…………」


 気が付けば、透き通った雲一つない青空が見えていた。


「………………何が」


 起きたんだっけ?


 よくわからないが、どうやら俺は地面に寝転がっているようだった。


 でも、どうして俺は地面に寝転がっているんだ?


 倒れた時に頭を打ったのか、倒れる直前の記憶が曖昧で、意識が朦朧としている。

 それに酷い耳鳴りがして、頭が上手く働かない。


 えっと……ここには何しに来たんだっけ?


 どうにか頭を巡らせて記憶の糸を辿ろうとしていると、


「ハルト、大丈夫か!?」


 視界の端から必死の形相を浮かべたエレナが現れ、両手で俺の顔を掴んで目を真っ直ぐ見ながら話しかけてくる。


「何処か痛む所はないか? 手は? 足はちゃんと動くか?」

「えっ? あっ、ちょっと待って……」


 まだ意識はハッキリしないが、エレナの言葉に従って体の調子を確かめてみる。


「…………うん」


 痛みもなく、手足も動くことを確認すると、今にも泣き出しそうなエレナに笑いかける。


「特に問題ないから、安心していいよ」

「そうか……よかった」


 笑顔になったエレナが安堵の溜息を吐くのを見て、ようやく意識がハッキリとしてきた。

 俺がここに来たのは、奇跡の水が湧き出る湖を占拠してしまったグリーンドラゴンに満足して帰ってもらうため、料理を振る舞いにきたのだった。


 目的を思い出した俺は、ゆっくりと身を起こす。


「…………えっ?」


 起き上がったところで、俺はどうしてエレナの様子がおかしかったのかを理解する。

 俺の左手二十メートルほど先……深い森があったはずの木々が跡形もなく消失して、プスプスと白い煙を吐く真っ黒に焦げた地面が、山の頂上まで一直線に続いているのが見えた。

 どうやらあの破壊が生み出した衝撃波を受けて吹き飛び、意識を失ったようだ。


「こ、これ……もしかしてグリーンドラゴンが?」


 一瞬にして全てを破壊尽くし、焼け野原にしてしまう惨状を見て俺は恐怖を覚える。


「これじゃあ……」


 先にグリーンドラゴンに挑んだと思われる冒険者たちはもう……、

 最悪の事態を想像してしまい、思わず身震いをしていると、


「ヒイイイィィィ!」

「す、すみませんでした!」

「どうか、どうか命だけはお助けを~!」


 グリーンドラゴンに挑んだと思われる冒険者たちが、抉れた地面の上を一目散に逃げて行くのが見えた。


「…………よかった。生きていた」


 その中にはあの中年男性たちの姿を見え、俺は彼等の無事を知って安堵する。


「全く……あの莫迦者ども、一体何をしたのじゃ」


 大きく息を吐いて安堵する俺とは対照的に、道具も武器も捨て、手ぶらで必死に逃げる冒険者たちを見ながらエレナが呆れたように嘆息する。


「ドラゴンがブレスを吐くなんて、よっぽどのことじゃぞ」

「そうなの?」

「ああ、前にも言ったがドラゴンは温厚な生き物じゃからの。地形が大きく変わってしまうほどの強力なブレスは、本気で怒った時以外は使わないはずじゃ」

「ま、まあ、あれを乱発されたら、世界があっという間に焦土と化しちゃうよね」


 どうやら意識を失う前に見たあの神々しい青白い光は、グリーンドラゴンがブレスを吐く前触れだったようだ。

 こんな強大な破壊行為をいとも容易く行えてしまう生き物を相手に、今から料理を振る舞おうというのだ。

 もし、料理の味が気に入らないどころか、嫌いなものを出してグリーンドラゴンの怒りを買おうものなら、この大地のように跡形もなく消し飛ばされてしまうのではないだろうか?


「あっ……」


 そこで俺は、自分の背中が随分と軽いことに気付く。


 いつの間にか背負っていた寸胴鍋がなくなっていた。


 俺は首を巡らせて落としてしまった寸胴鍋とバスケットの行方を探す。


「あ、あった!」


 程なくして近くの草むらに寸胴鍋と思われる金属の一部を見つけた俺は、無事を確認するために慌てて駆け寄る。


「…………あっ」


 地面に落ちている寸胴鍋を見た俺は、最悪の事態に思わず青ざめる。

 落とした時にひっくり返ったのか、横向きになった寸胴鍋の中身がなくなっていたのだ。

 この中には、今日の料理に使う要の食材と、丸一日駆けて用意したある物が入っていたのだが、あの一瞬でその全てが失われてしまった。


 念のために要の食材だけでも見つけられないかと近くを探ってみるが、あの破壊の余波でどこか遠くに飛ばされたのか、それらしきものは影も形も見当たらなかった。


「ハルト……」


 呆然とする俺の背中から、エレナの申し訳なさそうに声が聞こえる。


「すまぬ、咄嗟のことでこれしか守れなかったのじゃ」


 声に振り返って見ると、エレナの手にはケバブの入っていたバスケットが握られていた。

 震える手で差し出されたバスケットの方はどうやら無事のようだが、この中に入っているのは愛用の道具と調味料、そして小麦粉の袋ぐらいだった。


「…………すまぬ、本当にすまないのじゃ」


 バスケットを渡したエレナは、目から大粒の涙を流しながら謝罪の言葉を口にする。


「あの鍋の中には、ハルトが一日かけて用意したものが入っていたのに……それがわかっていたのに……ワシは……ワシは…………」

「エレナ……もういいよ」


 銀の賢者と呼ばれるエレナにこんなことをしていいのかどうか迷ったが、俺は手を伸ばして彼女の頭を撫でる。


「鍋の中身がなくなったのは惜しかったけど、エレナは俺の命を救ってくれた……そうだろ?」

「…………うん」

「じゃあ、俺としては何の文句もないよ。中身は無くなったけど、そっちはまた作ればいいからさ。今日のところは出直そう」

「そう……じゃな」


 俺からの提案にエレナはコクリと頷く。

 いきなり泣き出した時は驚いたけど、これで少しは元気になってくれるかな。

 エレナが泣き止むのを確認した俺は、落ちている寸胴鍋を拾うために彼女の頭から手を離す。


 そうして寸胴鍋へと向き直ると、突如として突風が吹く。


「わぷっ! な、何だ!?」


 強風に耐えるように顔を両手で庇っていると、目の前に巨大な壁が降って来るのが見える。


「おわっ!? び、びっくりした……」


 壁が着地すると、体が浮くほどの地響きが発生して心臓が止まるかと思ったが、俺はおそるおそる降って来た緑色の壁を見上げる。


「――っ!?」


 その瞬間、俺は呼吸をするのも忘れて目の前に現れた壁を呆然と見つめる。


『人間……見つけた』


 そこにいたのは、つい先程強大な自然破壊をしてみせたグリーンドラゴンだった。

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