第54話 無邪気なドラゴン

 ドスドスと音を響かせ、木々をなぎ倒しながらグリーンドラゴンは森の奥へと歩いていく。


「…………すごっ」


 森の木々をものともせずに歩く様は迫力満点だが、長大な尻尾と共にふりふりと揺れるお尻は、何だか可愛いと思ってしまう。



 そんな愛らしいお尻を追いかけながら森の奥に向かってどんどん進んでいくと、やがて陽光を受けてキラキラと光る巨大な湖が見えてくる。


「もしかしてあれが……」

「うむ、奇跡の水が取れる湖じゃな」


 やや濁った雨雲のような重い色をした湖と、湖岸に見える白い塊を見て、俺は奇跡の水と呼ばれる水が思っていた通りのものと知り、密かに安堵する。


 これで一応、アレは作れるな。


 俺が頭の中でレシピのおさらいをしていると、前を行くグリーンドラゴンの足が止まる。


『人間、これ見る』


 クルリと器用にその場で振り返ったグリーンドラゴンは、長い首を巡らせて地面に落ちているものを指し示してくる。


『これ、卑怯者たちが落としていった荷物、この中に食べ物入ってる』

「えっ、それって……」


 冒険者たちの荷物を漁れってこと?


 あの逃げっぷりを見た限り、この場所に中年男性たちが戻って来る可能性は低いと思われるが、流石に人の荷物を勝手に漁るのは気が引ける。


「ハルト、構うことないぞ」


 だが、躊躇する俺に、エレナが勇気づけるように背中を強く叩いて話す。


「冒険者の落し物は、拾った者が自由にしていいのじゃ」

「ほ、本当に?」

「無論じゃ」


 おそるおそる尋ねる俺に、エレナは自信を持って大きく頷く。


「冒険者にとって荷物を落とすことは捨てると同義じゃ。それを他人に拾われたからといって、いくら異を唱えても誰も相手にせんよ。落とす方が悪いと言われるまでじゃ」

『ほら、人間。早くする』


 エレナに続き、戸惑う俺を急かすようにグリーンドラゴンが俺の背中を大きな顔でぐいぐいと押してくる。


『そこにある材料を使って、早くルーにおいしいごはん作って』

「わ、わかった。わかりました」


 流石にここで下手にごねてグリーンドラゴンの不興を買うわけにはいかないので、俺は観念して冒険者たちの荷物を漁ることにする。



「そ、それじゃあ失礼して……」


 おそらく食材が入っているであろう、サンタクロースが持っているような大きなズタ袋を開けると、予想通り中に色々な食材が入っていた。


「えっと……玉ねぎ、ニンジン、ジャガイモ、ショウガ、にんにく……随分と野菜が多いな」


 てっきり肉メインの食材かと思われたが、意外にも多くの野菜が出てきて俺は彼等の意外な健康志向ぶりに驚く。


「他には、キノコに葉野菜と……本当に肉がないな」

「そりゃそうだろう。連中、どう見ても一流とは程遠い冒険者のようじゃからな」


 俺の疑問を、かつて超一流の冒険者であったであろうエレナが説明してくれる。


「言うまでもないが、肉より野菜の方が安く、さらに自炊すればたらふく食えるからの。これらの野菜を一緒くたに鍋に入れて塩と一緒に煮るだけで、それなりに腹は膨れるというわけじゃ」

「まあ、確かに……」


 俺も寒い冬の朝とかはコンソメで味付けした野菜スープを作ることがあるが、確かに肉を入れなくてもそれなりに腹に溜まるし栄養のバランスも悪くない。

 かといって、体が資本である冒険者が、たんぱく質を全く取らないのはいかがなものだろうかと思った。



「ふむ、どうやら肉はこっちに入っておるようだぞ」


 すると、別の荷物を漁っていたエレナが肉を見つけたのか俺に差し出してくる。


「やはりたいしたものを食っておらんようじゃの……こんなの使えるのか?」

「どれどれ……」


 俺はエレナから小さな袋を受け取って中身を確認する。


 そこに入っていたのは、ひかひかに乾燥した干し肉だった。


 ただ、俺が良く知る干し肉と比べると、黒ずんでいて何だかくたびれているような気がしたので、試しに少し端を齧ってみる。


「…………」

「ど、どうしたのじゃ?」


 干し肉を齧った姿勢のまま固まる俺に、エレナが心配そうに声をかけてくる。


「ま、まさか、その肉……そんなに不味いのか?」


 その質問に、俺はこっくりと頷いて流石に飲み込む気が起きないので、肉片を吐き出す。


「……腐ってはいないと思うんだけど、こんな臭い肉、初めて食べた」

「臭い……どれ」


 俺から干し肉を受け取ったエレナは、ヒクヒクと鼻を動かしてにおいを嗅ぎ、


「うっ!?」


 すぐさま干し肉を顔から遠ざけたエレナは、これが何の干し肉かを看破する。


「わかったぞ。これは、ワイバーンの肉じゃ」

「ワイバーンって……あの薬になるっていう?」

「ああ、そのワイバーンじゃ。一部のもの好きは、この臭さが堪らないということじゃが……とてもじゃないがワシには食えんぞ」

「……うん、流石の俺もこれは無理だ」


 まさかエジプトで食べたラクダを超える衝撃の味に出会えるとは思わなかったが、これではどんな料理もワイバーン色に染まってしまうだろう。


 袋の中にはワイバーンの干し肉以外にも肉は入っていたのだが、そのどれもがワイバーンの強烈な臭いに浸食されており、とてもじゃないが俺が作る料理には使えそうになかった。




「う~ん……」


 冒険者たちが持っていた全部の食糧を地面に広げた俺は、それ等を前に腕を組んで考え込む。


 新鮮とはいかなくとも、それなりに野菜、そして肉と同じように干した魚があったが、こちらはワイバーンの匂いに浸食されていないのはありがたかった。

 だけど、これだけではグリーンドラゴンが喜んでくれるようなおいしい料理になるかどうかわからないし、何よりあの大きな体を満足させるには圧倒的に量が足りなかった。



『どうしたの?』


 食材を前に考え込む俺を見て、グリーンドラゴンが顔を近づけて話しかけてくる。


『これでおいしい料理、作ってくれるんでしょ?』

「う~ん、そうしたいけど……おいしくするには材料が足りないんだよね」

『足りないって何が?』

「やっぱり肉が欲しいな……できれば新鮮な肉があると、きっと満足してくれる味にはなると思う」

『わかった』


 俺の要望に、グリーンドラゴンは弾むような声で応えて顔を上げると、ドスドスと足音を響かせて何処かへと消えて行く。



「あっ……」


 このままでは量が足りないということを伝えようと思ったが、そこには既にグリーンドラゴンの姿はなかった。


「……まあ、いいか」


 それより今は、グリーンドラゴンが持ってきてくれるであろう肉で、どこまで理想の完成形に持っていけるかを考えなければならない。




 果たして持ってきてくれるのは鹿だろうか、それともイノシシだろうか……などと思いながらあれこれ試行錯誤していると、


「はい、どうぞ」

「おわっ!?」


 すぐ目の前に巨大な何かが落ちて来て、驚いた俺は思わずその場から飛び退く。


「きゃん!?」

「あっ、ごめん」


 飛び退いた先にエレナがいたのか、可愛らしい悲鳴が聞こえて俺は反射的に謝罪の言葉を口にする。



 だが、


「………………えっ?」

「あたたっ、びっくりした」


 そこにいたのは、子供の姿をしたエレナと同じ年頃の全く知らない少女だった。

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